映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「Girl/ガール」

「Girl/ガール」
新宿武蔵野館にて。2019年7月7日(日)午後2時40分より鑑賞(スクリーン1/A-6)。

バレリーナを目指すトランスジェンダーの苦悩と葛藤をリアルに伝える

トランスジェンダーに対する社会の見方は変わりつつある。あからさまな偏見も昔ほどはないようだ。とはいえ、そこにはやはり様々な悩みや苦しみがある。それをリアルに描きたしたのが「Girl/ガール」(GIRL)(2018年 ベルギー)である。

主人公の15歳のララ(ヴィクトール・ポルスター)はトランスジェンダー。体は男性だが、心は女性だ。彼女はバレリーナになることを夢見て、難関のバレエ学校の門を叩き編入を認められる。

よくあるトランスジェンダーのドラマなら、家族や周囲との軋轢が描かれそうだ。我が子がトランスジェンダーであることに納得できない親、そして偏見に満ちた周囲の目などが主人公を苦しめる……という具合に。

だが、このドラマにそれはない。シングルファーザーの父(アリエ・ワルトアルテ)はララに理解があり、彼女を支える。バレエ学校のために仕事を変わり、引っ越しまでした。治療のための病院にも付き添い親身になってララを支える。

また、バレエ学校もララがトランスジェンダーであることを受け入れている。級友たちもララの事情を知っていて、女子更衣室を使うことも許されていた。このあたりに、舞台となるベルギーの社会の成熟ぶりがうかがえる。

ララは体も女性になるべく病院で治療を受けている。待望のホルモン療法が始まり、18歳になれば性適合手術も受けることになっていた。病院は彼女のために親身になって治療を施し、カウンセリングなども続けている。

これだけ周囲が理解してくれるのだからララの行く手も順風満帆……と思うかもしれないが、そうはならないのである。

本作の最大の特徴はドキュメンタリータッチの映像だ。バレエ学校での厳しい練習風景や学校生活、父や幼い弟との家庭生活、そして病院での治療。そんな日常を手持ちカメラやアップを多用しながら、それぞれの場面でのララの心情を繊細にすくい取っていく。

例えばララは父などに対して、いつも「大丈夫」と明るく答える。だが、それがけっして本心ではなく、心の内には様々な悩みや葛藤を抱えていることが、自然に伝わってくるのである。

バレエ学校での訓練は非常に厳しいものだ。いくらララの事情に理解を示しているとはいっても、甘い態度で接するわけではない。そこは実力本位の世界なのだ。

そんな中、どんなにララが頑張っても越えられないハードルがある。男性の足はトーシューズになじまず血だらけになる。目立たないようにとテーピングしている股間も、炎症を起こしてしまう。

一見、理解を示しているように見えた同級生たちも、ララに複雑な視線を送るようになる。そればかりか面白半分でララをからかうなどして、彼女の心を傷つける。

さらに、望みの綱であるホルモン療法も、劇的な変化をもたらすほどのものではない。彼女の体は依然として男性のままだった。

こうしてララは傷つき、苛立ち、疲弊していく。彼女が本音を明かさないことが原因で、父との間にも距離が生まれてしまう。

その果てに彼女が下した決断は衝撃的なものだ。だが、同時にそれは彼女にとって必然でもあったのだろう。ラストシーンの毅然とした表情に、彼女の全ての思いがこもっているように思えた。

トランスジェンダーの心情を、当事者でない人間が理解するのはなかなか困難だ。それをこれほどリアルで自然に伝えるのだから恐れている。しかも、それは単にトランスジェンダーのドラマを越えて、傷つきやすいティーンエイジャーの普遍的なドラマとしても成立している。

これが長編デビューとなるベルギーの新鋭ルーカス・ドン監督は、1991年生まれ。18歳の時に新聞記事で、本作のモデルになる話を知り、9年間を費やして完成させた映画たという。2018年の第71回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、カメラドール(新人監督賞)を受賞した。

また、主演のヴィクトール・ポルスターは現役のダンサーで映画初出演。トランスジェンダーではなく男性とのこと。なるほど女性的な雰囲気も持つ美少年ではあるが、それでもやはり男性らしさがそこかしこに現れる。それがまたララの持つ違和感を見事に体現していた。

*チラシや写真が見つからなかったのですが、下記公式ホームページでヴィクトール・ポルスターをぜひチェックしてみてください。なかなかの美少年です。

 

◆「Girl/ガール」(GIRL)
(2018年 ベルギー)(上映時間1時間45分)
監督:ルーカス・ドン
出演:ヴィクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアルテ、オリヴィエ・ボダール、タイメン・ホーファーツ、カテライネ・ダーメン、ヴァレンタイン・ダーネンス、マガリ・エラリ、アリス・ドゥ・ブロックヴィール、アラン・オノレ、アンジェロ・タイセンス、マリー=ルイーズ・ヴィルデライクス、ヴィルジニア・ヘンドリクセン
新宿武蔵野館、ヒューマントラスシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほかにて全国公開中
ホームページ http://girl-movie.com/