映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「COLD WAR あの歌、2つの心」

「COLD WAR あの歌、2つの心」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2019年7月11日(木)午後12時30分より鑑賞(スクリーン1/D-9)。

~15年に渡る男女の腐れ縁を静謐なモノクロ映像と音楽で見せる哀愁漂うドラマ

時間軸の長い物語を1本の映画の中で描き切るのはなかなか困難だ。そこでは当然大幅な省略や割愛が必要になる。だが、それによって慌ただしいだけの、駆け足のドラマになってしまうことも珍しくない。

「COLD WAR あの歌、2つの心」(ZIMNA WOJNA)(2018年 ポーランド・イギリス・フランス)は、15年間にもわたる物語。それを1時間28分という短い上映時間の中で描く。それでもまったく窮屈さが感じられないマジックのような映画である。

ストーリー自体はどうということのない恋愛ドラマだ。しかも、よせばいいのに別れたりくっついたりを繰り返す腐れ縁カップルの恋愛ドラマなのだ。

1949年、共産主義政権下のポーランド。新たに音楽舞踊団が結成されることになる。各地の伝統音楽を中心とした音楽舞踊団である。その指導者でピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)は、同僚とともに地方を回って様々な演奏を録音している。そこで登場するある教会を覚えておいてほしい。それが本作のラストで効果的に使われる。

まもなく、音楽舞踊団のオーディションが行われる。そこに歌手志望のズーラ(ヨアンナ・クーリク)が応募してくる。ヴィクトルは彼女に興味を抱き入団させる。そして2人はやがて恋に落ちる。

だが、その後、音楽舞踊団に対する国家の統制が厳しくなる。公演ではスターリン礼讃の歌なども演目に加えられるようになる。そんな体制に嫌気がさしたヴィクトルは、東ベルリン公演の際に西側へ亡命しようとする。そして、ズーラにも「一緒に行こう」と誘う。だが、ズーラは結局待ち合わせ場所に行かず、2人は離ればなれになる……。

15年間を凝縮したドラマだけに、そこには大幅な省略がある。例えば、ヴィクトルとズーラが距離を縮める様子をじっくりと描くようなことはしない。それどころか、ヴィクトルが西側へ亡命して2人が離ればなれになった直後には、いきなり2人がパリで再会する場面が登場する。その間に何があったかは全く描かれない(セリフでチラッとは出てくるが)。

それ以外にも全編に渡って省略しまくりのドラマだ。だが、それでも観ていて戸惑うことはなかったし、違和感もなかった。その最大の理由は、独特の雰囲気を漂わせる映像にある。

パヴェウ・パヴリコフスキ監督は前作「イーダ」で、ポーランド映画で初のアカデミー外国語映画賞に輝いた。1960年代初頭のポーランドを舞台に、孤児として修道院で育った少女が、修道女の誓いを立てる前に自らの出自を知る旅に出るドラマで、静謐なモノクロ映像が大きな特徴だった。

それと同様に、本作も静謐なモノクロ映像で綴られる。恋愛映画であるにもかかわらず、熱さや情熱とは無縁。被写体から一歩引いたクールな映像だ。それが何とも言えない哀愁をスクリーンに漂わせる。同時に観客をスクリーンに集中させ、描かれることのなかった2人の様々なドラマを想像させる。2人の表情、しぐさから多くのことが伝わってくる。

この映画では音楽も印象深い。伝統音楽からジャズまで、様々な音楽が映像のクールさとは裏腹に多くの情感を生み出し、ドラマに奥行きを与えている。特に当初は伝統音楽として歌われ、やがてジャズ風にアレンジされてズーラが歌う曲が絶品だ。こうした音楽がなければ、この映画がこれほど魅力的な作品になることはなかっただろう。

さらに、ヴィクトルとズーラの人物造型も巧みだ。こちらも大幅な省略が施され、多くが語られることはない。しかし、例えばズーラに「父親殺し」の噂をまとわせたり、突然キレて池に飛び込み水面に浮かびながら歌わせるなど、短いエピソードから彼女の不可思議な魅力を感じさせる。ヴィクトルが彼女に入れ込むのも「なるほど」と思わせるのだ。

そのズーラを演じたヨアンナ・クーリクが、15年の時の中で様々に変化する表情を存在感タップリに見せてくれる。また、ヴィクトル役のトマシュ・コットも、時代とズーラに翻弄されて疲弊していく姿を巧みに演じていた。

映画の後半、ヴィクトルとズーラはパリで一緒に暮らす。2人で新たな音楽を生み出そうとする。だが、そこに様々なすれ違いが生まれ2人の心は離れていく。このあたりの展開もありがちなものではあるのだが、観ている間に陳腐さを感じることはなかった。

そして冒頭近くで登場した教会で演じられる、美しくも悲しいエンディングへ……。

ヘタに描けば、ベタで気恥ずかしくなるような腐れ縁の恋愛ドラマを、これだけの作品に仕上げたパヴリコフスキ監督の力量に感嘆するばかりである。

 

f:id:cinemaking:20190712212639j:plain

◆「COLD WAR あの歌、2つの心」(ZIMNA WOJNA)
(2018年 ポーランド・イギリス・フランス)(上映時間1時間28分)
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
出演:ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバールセドリック・カーン、アダム・ヴォロノヴィチ、アダム・フェレンツィ、アダム・シシュコフスキ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ https://coldwar-movie.jp/