映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「よこがお」

「よこがお」
テアトル新宿にて。2019年7月26日(金)午後2時より鑑賞(C-11)。

~人生の不条理さと人間の心の闇をあぶりだす深田晃司監督の冷徹な目と筒井真理子の圧巻の演技

筒井真理子」という名前を聞いてピンとこない人も、その顔を見れば「ああ、あの人か」とわかるのではないだろうか。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」に入団したのをきっかけに演劇の道に入り、その後は映画、テレビドラマ、演劇と幅広く活躍する実力派の俳優だ。

最近はどちらかといえば脇役が多い筒井だが、カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞に輝いた深田晃司監督の「淵に立つ」(2016年)では、主要キャストとして古舘寛治と夫婦役を演じている。浅野忠信演じる謎めいた男の登場に翻弄される姿を、リアルかつ繊細に演じていた。

その「淵に立つ」の深田監督が筒井を主演に据えて撮った作品が「よこがお」(2019年 日本)だ。聞くところによると「よこがお」というタイトルは、筒井の「美しい“よこがお”を撮ってみたい」という深田監督の希望によるものだという。

ある訪問看護師の転落を描いたドラマである。冒頭、主人公(筒井真理子)が、何やら危険な香りを漂わせつつ美容院に入ってくる。彼女はそこでリサと名乗り、美容師の和道(池松壮亮)を指名する。死んだ夫と名前が同じだから指名したという。

続いて、全く別の顔の主人公が登場する。市子という名の訪問看護師で、その仕事ぶりが高く評価され周囲の信頼も厚かった。訪問先の大石家では介護福祉士を目指す長女・基子(市川実日子)の勉強も見てあげていた。

同一人物でありながら、全く別の表情、そして行動。もしかしたら、これは多重人格者の物語なのだろうか。そんなことも思ったのだが、実はそうではない。このドラマは時制を行き来して描かれるのだ。冒頭で美容院に現れたリサは現在進行形の主人公、そして訪問看護師として働く市子は、それよりも前の主人公なのだ。

美容院に現れたリサは、その後、ゴミ捨て場で和道と会い、家がすぐ近くだと明かす。だが、それは真っ赤なウソだった。もちろんリサという名前も、死んだ夫と和道が同じ名前だというのもウソだった。そして、彼女は和道の部屋が見えるアパートで独りで暮らし、和道を監視していた。

やがて、市子がなぜそんな行動を取るようになったのかが、少しずつ見えてくるようになる。ある日、基子の妹・サキ(小川未祐)が行方不明になる事件が発生する。サキは1週間後に無事に保護されるが、誘拐犯として逮捕されたのは市子のおいだった。そのことをなかなか言い出せなかった市子だが、その関係が暴露されるとマスコミに追われるようになり、仕事を失い、婚約も解消するハメになってしまうのである。

市子に非があるわけではない。それにもかかわらず彼女は転落し、追い詰められていく。まさに人生の不条理さを感じさせられる顛末だ。同時に、彼女をそこまで追い詰めた大きな原因は、ある人物との感情の行き違いにある。その人物とて、けっして市子を憎んでいるわけではない。むしろそれとは反対の感情を持つ。それが逆に災いして彼女を追い詰めていく。そこから人間の心の闇があぶりだされる。

脚本・演出ともに研ぎ澄まされている。深田監督の作品の多くは、余計なものをそぎ落とし、冷徹な視線で被写体を見つめている。今回もそれにますます拍車がかかっている。そして、これまた深田監督の作品の多くに共通する不穏さやヒリヒリするような緊張感も、最後まで途切れることなく続く。それが登場人物の心理の絢をより複雑で不可思議なものに感じさせる。

現在進行形のリサ=市子のドラマは、彼女による復讐劇であることが明らかになる。市子は以前の彼女とは全く違ってしまったのだ。ここでもまた、様々に心が揺れ動き、苦悩し、憔悴した末に、復讐者となった市子を通して、人間という生き物が抱える心の闇が見えてくる。

市子が和道に接近する過程で、かつてある人物と訪れた動物園を再び訪れるシーンがある。その過去と現在の2つのシーンが重なり合い、そうした彼女の心の闇をより深いものに見せている。このあたりの展開も巧みである。

市子の復讐劇の行く先はエンタメ映画のようにクリアなものではない。お気楽な明るい未来なども提示されない。その代わり、ラストの横断歩道でのシーンは衝撃的だ。車のクラクションが、市子の胸のうちの様々な思いを一気に吐き出すように長々と流され、何とも言い難い余韻を残してくれる。

それにしても、筒井真理子の演技が圧巻だ。有能で実直な訪問看護師から、復讐のため男をたらし込もうとする妖艶な姿まで、まるで何役も演じているかのように変化する市子の姿。それを繊細かつ説得力を持って演じきっている。個人的には今年の主演女優賞は、彼女で決まりではないかと思ってしまった。

不穏で緊張感漂うミステリー・サスペンスを通して、人生の不条理さや人間の心の闇があぶりだされる。市子の運命は特別なものではない。誰しも、ああなってしまう可能性がある。そんな迫真性を持った濃密なドラマを見逃す手はないだろう。

 

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◆「よこがお」
(2019年 日本)(上映時間1時間51分)
監督・脚本・監修:深田晃司
出演:筒井真理子市川実日子池松壮亮、須藤蓮、小川未祐、吹越満大方斐紗子、川隅奈保子
角川シネマ有楽町テアトル新宿ほかにて全国公開中
ホームページ https://yokogao-movie.jp/