映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「風をつかまえた少年」

「風をつかまえた少年」
新宿武蔵野館にて。2019年8月4日(日)午後2時35分より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

~困難な中、独学で風力発電を実現させた少年の希望に満ちた実話

アフリカのマラウイという国を知っていますか?

恥ずかしながら「そう言われれば聞いたことがあるような……」程度の認識しかなかったのだが、アフリカ南東部に位置するマラウイは、かつて人口の2%しか電気を使うことができず、アフリカの最貧国の一つに数えられていたそうだ。

そのマラウイの村で、風力発電によって農地に水を引き、村の窮状を救った少年の実話を綴ったノンフィクションを映画化したのが、「風をつかまえた少年」(THE BOY WHO HARNESSED THE WIND)(2019年 イギリス・マラウイ)だ。

監督・脚本のキウェテル・イジョフォーは、アカデミー賞受賞作「それでも夜は明ける」(2013年)で自身もアカデミー主演男優賞にノミネートされた俳優。これが長編初監督作品で、本作でも主人公の少年の父親役で出演している。

2001年、アフリカの最貧国のひとつであるマラウイ。14歳のウィリアム(マクスウェル・シンバ)は、両親から新しい服を用意してもらい学校に通い始める。もちろん本人も両親も大喜びだった。

だが、その頃から村を不穏な影が覆い始める。元々干ばつと大雨を繰り返すような不安定な天候の中、農民たちは原始的な農法を続け、土地は次第に疲弊していた。そんな中、大干ばつが襲い村は飢饉に見舞われたのだ。

学費が払えなくなったウィリアムは学校を退学になってしまう。だが、あることから自力で電気が起こせるのではないかと考えたウィリアムは、どうしても勉強が続けたくて図書館に入り込む。そこで、『エネルギーの利用』という本に出会ったウィリアムは、風車で発電してポンプを動かし、地下水をくみ上げて畑に水を引くことを思いつく。

キウェテル・イジョフォー監督による脚本・演出はあくまでも正攻法だ。これといったヒネリもない。あまりにもスムーズに話が進むのもちょっと気になる。だが、それでもこの映画には確実にリアリティがある。それは現地のアフリカに根差してつくられているからだ。

雄大大自然、荒れ果てた農地、過酷で気まぐれな天候など、生のアフリカをとらえた映像が圧巻だ。葬儀の場面に登場する不可思議な民俗芸能なども、この物語が嘘偽りのない本物の出来事であることを強く印象付ける。そうした背景があるからこそ、ウィリアムや家族の言動に説得力が出てくる。

さらにイジョフォー監督は、アフリカの影の部分も描き出す。民主主義体制とはいえそれは脆弱なもので、権力者は村人たちの食糧不足を認めようとしない。それどころか窮状を訴える族長に暴行して瀕死の重傷を負わせる。

また、金が払えずに退学させられるウィリアムの姿を通して、教育制度の脆弱さもあぶりだす。どんなに向学心のある子供でも、貧しければ勉強が続けられない。まさに貧困の連鎖そのものだ。それはアフリカのみならず、いまだに世界各地に見られる現実である。

村を飢饉から救った少年の物語などと言えば、単純なヒーロー譚を思い浮かべるかもしれないが、けっしてそんな単純な物語ではないのである。

ウィリアムは努力を続け、風力発電機のミニ版ともいうべきモデルをつくり上げる。さらに本格的な発電機をつくるには父親の自転車を解体する必要があった。だが、父親はウィリアムの話を聞こうとせず、「そんなことより農業を手伝え!」と一喝する。

何しろいまだに祈りで雨を降らそうとするような村だ。ウィリアムの話を信じる者がいないのもうなずける。とはいえ、父親は息子が学校に行くのに理解を示す優しい父親だったはず。それが無理解な態度をとるのは、何よりも飢饉によって追いつめられたからに違いない。それほど過酷な状況だったのだ。

飢饉に際して村人同士で対立や略奪を繰り返し、人間性を失くし、多くの人々が亡くなり村を出ていく。そうした実情もイジョフォー監督はきちんと描き出す。

そして追い込まれたウィリアムの両親は対立するようになる。それでも、最後には母のウィリアムに対する信頼が、頑なだった父の心を溶かす。

いよいよ風力発電によって地下水が汲み上げられるシーンには素直に感動した。父とウィリアムが無言で見つめ合うシーンに、ますます心を熱くさせられた。そして実際の家族のその後をさりげなく告げて、映画はエンドロールに突入する。

演技経験がないというウィリアム役のマクスウェル・シンバの生き生きとした演技に加え、両親役のキウェテル・イジョフォーとアイサ・マイガの深みのある演技も印象深い。

少年の成長、家族の絆と葛藤、さらにはアフリカの社会問題まで織り込んで、最後は感動へ導く。驚きこそないものの、実に真っすぐで希望に満ちている。イジョフォー監督の強い思い入れが感じられる映画だった。

 

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◆「風をつかまえた少年」(THE BOY WHO HARNESSED THE WIND)
(2019年 イギリス・マラウイ)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:キウェテル・イジョフォー
出演:マクスウェル・シンバ、キウェテル・イジョフォー、アイサ・マイガ、リリー・バンダ、レモハン・ツィパ、フィルベール・ファラケザ、ジョセフ・マーセル、ノーマ・ドゥメズウェニ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
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