「ロケットマン」
新宿ピカデリーにて。2019年8月23日(金)午前11時10分より鑑賞(シアター8/D-9)。
~「愛」を求めて苦悩する世界的ミュージシャン、エルトン・ジョンの実像
ミュージシャンの伝記映画はたくさんあるものの、大ヒットした映画というのはそれほど多くはない。どちらかというと、音楽ファンを中心に一部の観客の間でのみ話題になるケースが多かったようだ。そんな中で、異例の大ヒットとなったのが世界的なロック・バンド、クイーンを描いた「ボヘミアン・ラプソディ」である。そのヒットぶりは社会現象と呼べるほどだった。
その二匹目のドジョウを狙ったわけではないだろうが、また新たなミュージシャンの伝記映画が登場した。こちらも世界的ミュージシャン、エルトン・ジョンの伝記映画「ロケットマン」(ROCKETMAN)(2019年 イギリス)である。
監督したのは元々役者で、「ボヘミアン・ラプソディ」を完成させたデクスター・フレッチャー。あれ? 「ボヘミアン・ラプソディ」の監督はブライアン・シンガーではなかったの? と思う人もいるだろうが、実はシンガー監督は途中で降板してしまい、それを引き継いで完成にこぎつけたのがフレッチャー監督なのだ。
とはいえ、本作は「ボヘミアン・ラプソディ」とはかなり違う。「ボヘミアン・ラプソディ」は随所にクイーンの曲が効果的に使われ、薄味になりがちなドラマに絶妙の味付けをしていた。それに対してこちらは全体がミュージカル仕立て。ドラマの途中で、登場人物が突然歌ったり踊ったりするのだ。それがドラマにさらなる陰影と深みを与え、より心に染みるドラマに仕上がっている。
映画の冒頭では、いきなりド派手な衣装のエルトン・ジョン(タロン・エガートン)が登場する。これからステージに上がるのかと思いきや、彼が向かったのはグループセラピーの場。アルコール依存や薬物依存などに苦しむ彼は、そこで自らの幼少時代からの生い立ちを振り返る……というのがドラマの全体像である。
つまり、フレッチャー監督はミュージシャンとしてのエルトンの成功物語以上に、苦悩に満ちた彼の人物像を余すところなく描こうと意図しているのだ。
少年時代のエルトンは、本名レジナルド(レジー)・ドワイトといい、イギリス・ロンドン郊外で育つ。だが、両親は不仲で家庭を顧みず、やがて離婚してしまう。
それでも音楽的な才能に恵まれていたレジーは国立音楽院に入学し、やがてロックに傾倒する。そして、エルトン・ジョンという新たな名前で音楽活動を始める。そんな中で、作詞家のバーニー・トーピン(ジェイミー・ベル)と運命的な出会いを果たしたエルトンは、それをきっかけにスーパースターの座に上り詰めていく。
ここまではいわばエルトンの人生の陽の場面である。だが、その後は暗い影が彼を覆い始める。孤独と重圧が彼を押しつぶし、次第にエルトンは疲弊していく。それはあたかもロックスターの典型的な転落劇にも見える。
だが、そこでフレッチャー監督は「愛の欠如」というテーマを明確にする。幼少時に愛のない家庭に育ったエルトンは、ひたすら愛を求めて生きる。だが、その愛をなかなか手にすることはできない。それが彼の人生を狂わせていく。
実はエルトンは同性愛者だった。そのため仕事上のパートナーであるバーニーを好きになるのだが、バーニーにはその気がない。一方、エルトンはあるビジネスマンと関係を持つようになるが、彼はやがてエルトンのマネージャーとなりエルトンを支配し始める。それとともに、2人の関係は破綻していく。
幼い頃に得られなかった愛を欲するものの、思うようにいかずに苦悩し、転落していくエルトン。こうして「愛の欠如」というテーマを明確にしたことによって、ありがちなスターの転落劇とは一線を画すドラマになったと思う。
そして何よりも効果的なのがミュージカルという構成である。「ユア・ソング」「クロコダイル・ロック」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」などなど、エルトンのヒット曲の数々がドラマにうまく組み込まれ、時には楽しく、時には哀しく、時には切なく映画を彩る。ミュージカル場面では、全員が空中に浮かんだり、エルトンがロケットのように打ち上げられるなど、ファンタジー的な演出もあって飽きさせない。
この映画でエルトンを演じたのは、「キングスマン」のタロン・エガートン。全体の雰囲気や衣装などはエルトンそっくりだが、「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックのように、本人そっくりには似せていない。そのことが、逆に一人の役者としての彼の感情表現を際立たせ、ドラマを豊かなものにしている。
そして何よりも、吹き替えなしで歌った歌唱力抜群の歌声が素晴らしい。その歌声もまた、このドラマをより説得力のあるものにしている。
作詞家バーニー・トービンを演じるジェイミー・ベルをはじめ、脇役たちも目立たないながら存在感のある演技を披露している。
後半は暗い展開が続くものの、けっして気分が暗くなることはない。ラストでは一時は決別したバーニーとの関係も含めて、明るい希望の灯がともされる。そんな彼の人生を象徴するように流れる「アイム・スティル・スタンディング」という曲が何とも心に染みるのだ。
エルトンの曲調もあって「ボヘミアン・ラプソディ」ほどのノリの良さはないが、ドラマ的にはこちらのほうが深みを感じた。陰影あるドラマを通して、エルトンの曲がより味わい深く感じられる映画だと思う。
◆「ロケットマン」(ROCKETMAN)
(2019年 イギリス)(上映時間2時間1分)
監督:デクスター・フレッチャー
出演:タロン・エガートン、ジェイミー・ベル、ブライス・ダラス・ハワード、リチャード・マッデン、ジェマ・ジョーンズ、スティーブン・グレアム、テイト・ドノバン、チャーリー・ロウ 、スティーブン・マッキン、トム・ベネット、オフィリア・ラビボンド
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://rocketman.jp/