映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ドッグマン」

「ドッグマン」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2019年8月26日(月)午後1時50分より鑑賞(シアター1/D-10)。

~普通の男が悪にからめとられる人生の不条理と人間の弱さ

この間の土曜日は大分に取材に行ってきた。ただし、日帰り。観光などは一切なし。せいぜい帰りの飛行機に乗るまでの時間に、大分空港でビールと名物料理を食した程度である。ちなみに帰りの飛行機は、初のソラシドエアだった。

そんな慌ただしい日帰り取材にも利点はある。翌日がフルに使えるから、早いうちに原稿を仕上げてしまえるのだ。おかげで日曜には原稿を完成させてしまった。

はて、ということはオレは土日共に仕事をしていたのではないか。会社だったら代休を取っても構わないはず……という勝手な理屈で、翌月曜は渋谷のヒューマントラストシネマ渋谷へ。鑑賞したのは「ドッグマン」(DOGMAN)(2018年 イタリア・フランス)。マッテオ・ガローネ監督は、巨大犯罪組織を描いた「ゴモラ」で知られる監督。そしてこの映画も“悪”が深く関係した映画である。

舞台となるのはイタリアのさびれた海辺の町。凶暴そうな犬の鳴き声からドラマが始まる。その犬を前にするのは、マルチェロマルチェロ・フォンテ)という男。彼はここで「ドッグマン」という名の犬のトリミングサロンを営んでいた。トリミングサロンというとオシャレなイメージがあるが、マルチェロの仕事場はどちらかという工場のような雰囲気。それが、この「嫌な感じ」にあふれたドラマにはピッタリだ。

犬にシャンプーをするマルチェロ。すると、あれほど凶暴そうだった犬はすっかりおとなしくなり、マルチェロの言うことを聞く。犬は人を見るというが、マルチェロの人柄を犬もすぐに理解したのだろう。彼はひたすら優しく、温かな心を持ち、そして犬好きだった。

マルチェロは別れた妻子とも良好な関係を続け、地元の仲間とサッカーを楽しむなど、それなりに幸せな日々を送っていた。だが、彼には欠点があった。とてつもなく気弱でお人好しなのだ。そんな彼に対して、粗暴な地元の厄介者シモーネ(エドアルド・ペッシェ)はあれこれつきまとい、利用し、服従を強制していた。

マルチェロとシモーネの腐れ縁と、マルチェロの優しさを端的に示す場面が前半に登場する。マルチェロはシモーネに脅されて、車で窃盗の送り迎えをさせられる。犯罪への加担も拒めないのだ。その一方で、シモーネたちが押し入った先の犬を冷蔵庫に閉じ込めたと聞き、マルチェロは後で現場にこっそり戻り、その犬を救出するのである。何という愚かで優しい人物なのだろうか。

シモーネは心から住人に嫌われている。彼にいたぶられているのはマルチェロだけではない。だから、人々を彼をどうにかして殺害しようとまで相談するのだ。そんな人物に心ならずとはいえ服従するマルチェロ。そこには弱い自分にはない強さ(もちろん曲がった強さなのだが)に対する多少の羨望や憧れも感じられる。

マルチェロを演じるマルチェロ・フォンテが適役だ。その風貌からしぐさまで、何もかもがマルチェロそのもの。地で演じているのではないかと思うほどだ。特に感心するのは目の演技。それだけでマルチェロの様々に乱れる心理を雄弁に物語る。ガローネ監督も、セリフを最小限に抑えて、マルチェロの表情やしぐさを前面に押し出して描写する。

ちなみに、マルチェロ・フォンテはほぼ無名ながら本作の演技で、第71回カンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた。

舞台となる街の風景もこのドラマにふさわしい。どんよりした雲がいつも垂れ込め、暗く荒涼とした雰囲気が街を支配する。その中で、やがてドラマの大きな転機となる出来事が起きる。

マルチェロの店の隣は金の買取り屋。経営者は一緒に遊ぶ仲間だった。だが、シモーネはこともあろうに、マルチェロの店の壁を壊して盗みに入るというのだ。それに協力させられたマルチェロは破滅的な事態に陥っていく。

その事件後、マルチェロがある取引を持ちかけられる場面がある。だが、彼はシモーネをかばって、その取引を拒否する。そこでも、彼の千々に乱れ迷う心理描写が絶品だ。そして、そこにはやはりシモーネの報復を恐れる気持ちや「分け前をもらえるかも」という期待と同時に、シモーネに対する憧れが感じられるのである。

それから1年が過ぎて、マルチェロは再び街に戻る。だが、その時の彼は、以前とは少し変わっている。その微妙な変化をチラリチラリと巧みに見せる。そこから先は壮絶な展開が待ち受けている。ある種の復讐劇ともいえるが、もはやその枠を超えてしまっている。

それはハリウッド映画のようなカタルシスに満ちた決着ではなく、重たいものがズシリと心に残り、観客に様々なことを考えさせる。平凡な小市民が悪に巻き込まれ運命を狂わされる人生の不条理さ、それに抗しきれない人間の弱さ、暴力や悪の恐ろしさなどなどである。

ラストに延々と映し出されるマルチェロの表情が印象深い。そこに去来するのは、いったいどんな思いだったのだろうか。

本作は1980年代にイタリアで起こった実在の殺人事件をモチーフにしているという。一見、我々には無関係にも思えるが、よく考えればそうとばかりは言い切れない。我々の周りにだって数々の厄介者が存在し、知らないうちにそこに取り込まれてしまうことも珍しくない。それらに対して、どう対処すればいいのか。

もしかしたらガローネ監督は、トランプ大統領のような厄介者が世界中にはびこる現状を見て、この映画を撮ったのかもしれない。そう考えるのは深読み過ぎるだろうか。

 

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◆「ドッグマン」(DOGMAN)
(2018年 イタリア・フランス)(上映時間1時間43分)
監督:マッテオ・ガローネ
出演:マルチェロ・フォンテ、エドアルド・ペッシェ、アダモ・ディオニージ、フランチェスコ・アクアローリ、アリダ・カラブリア、ラウラ・ピッツィラーニ、ジャンルカ・ゴビ
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://dogman-movie.jp/