「メランコリック」
アップリンク吉祥寺にて。2019年9月4日(水)午後12時30分より鑑賞(スクリーン2/C-4)。
~殺人銭湯で生き直すニート青年。奇抜な発想と巧みな脚本が光る
大学時代に風呂なしの下宿に住んでいた当時は足しげく通った銭湯だが、それ以降はとんと足が遠のいてしまった。とはいえ、そこは昔から今に至るまで庶民の憩いの場。ごく当たり前の日常に組み込まれた場所と言えるだろう。その銭湯という日常と殺人という非日常を組み合わせたユニークな作品が、「メランコリック」(2018年 日本)である。
主人公の和彦(皆川暢二)は東大卒。だが、卒業後は30歳になる今まで、就職もせずにアルバイト生活を続けていた。そんな和彦は、ある日、たまたま訪れた銭湯で高校の同級生・百合(吉田芽吹)と再会する。それをきっかけに、和彦はその銭湯「松の湯」で働き始める。だが、まもなく和彦は、深夜の「松の湯」で殺人現場を目撃してしまう。「松の湯」は閉店後に、「人を殺す場所」として貸し出されていたのである。
まずは設定の奇抜さが目を引く作品だ。偶然殺人事件の現場になるならともかく、裏の仕事として殺人現場にレンタルされる銭湯。オーナーによれば、銭湯なら血などをすぐに洗い流せるから都合がよいらしい。おまけに死体はボイラーで燃やせばOKというわけだ。何だかおぞましいけれど、ユニークな設定ではないか。
その銭湯では、かなりの頻度で裏の仕事が行われる。「そんなに人殺しの需要があるのか?」という疑問はあるが、それはとりあえず封印しておこう。営業中の日常と深夜の非日常。その落差が様々な興趣を生んでいく。そこはかとないユーモアも全編に漂っている。あえてジャンル分けすれば、巻き込まれ型のサスペンス・コメディということになろうか。
しかも、本作はただ面白いだけではない。ちゃんと人間ドラマも繰り広げられている。それは主人公の和彦の生き直しのドラマである。典型的なニート青年で、これといって人生の喜びを見出せなかった和彦が、殺人銭湯との出会いによって次第に変わっていくのだ。
殺人を目撃した和彦は、オーナーによってそれに加担させられる(死体処理と掃除を手伝わされる)。そして、特別の報酬を手にする。それによって、彼は生き生きと輝きだすのだ。ニート男が初めてやりがいを感じた仕事が殺人の手伝いとは、何という皮肉!!
だが、その後、和彦は不満を感じる。裏の仕事に関して、一緒に働き始めた同僚の松本(磯崎義知)が重用されるようになり(それにはある驚きの理由があるのだが)、「どうしてアイツばかり……」と感じるようになるのだ。
仕事に対するやりがいと不満。何やらこのあたり、お仕事ムービー的な要素も感じられる。与えられた仕事をただこなすことへの疑問を、和彦が吐露するような場面もある。
それだけではない。この映画にはさらに様々な要素が詰め込まれている。ネタがネタだけにホラー的な要素もある(ただし、それほど凄惨ではないです)。和彦と百合の初々しいロマンスも描かれる。さらに銃を手にしたアクションシーンなどもある。それだけの要素が詰め込まれていても窮屈な感じはしない。なかなか巧みな筋運びである。
個人的に印象深いのは、ところどころで挟み込まれる食卓のシーンだ。和彦と両親が食事をしながら会話をする。まさに一家団欒の日常風景。恐ろしい銭湯での殺人の合間にあるこのシーンが、実に良いアクセントになっている。こんなふうに日常と非日常をバランスよく織り込みながらドラマを展開する。
冒頭から予想外の展開が続くドラマだが、中盤以降は事態がますます混沌としてくる。それとともに和彦はギリギリの状況に追い詰められていく。そこで彼は松本とともにある行動に出るのだが、そのクライマックスの前に、いったん穏やかな場面を配置する構成が心憎い。居酒屋での和彦と松本の会話で2人の心の通い合いを示しながら、波乱のクライマックスへとなだれ込む。
どんでん返しも用意されたクライマックスを経て、その後はまたしても食卓シーンが効果的に使われ、さらに最後の後日談で観客の心をホッコリと温める(なんせ銭湯だからね)。そして、和彦の独白により、彼の成長をクッキリと見せてドラマは終幕を迎える。このエンディングのまとめ方もしっくり来るものだった。
役者たちはいずれも無名だが、充実した演技を見せている。和彦役の皆川暢二は根暗なニート青年の変化を好演。松本役の磯崎義知も危うさと人間味をうまく同居させていた。百合役の吉田芽吹は愛嬌のある笑顔がとても魅力的。銭湯のオーナー役の羽田真、和彦の両親役の山下ケイジ、新海ひろ子、殺し屋役の浜谷康幸なども存在感のある演技だった。
第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門で監督賞を受賞した本作は、田中征爾監督の長編デビュー作で、田中監督と和彦役の皆川、松本役の磯崎による映画製作ユニット「One Goose」の映画製作第1弾作品とのこと。
いわば低予算でつくられた自主映画で、その制約が映像面をはじめ随所で感じられるのは事実である。だが、それを凌駕する設定の奇抜さと脚本の面白さで、なかなかの快作に仕上がっている。エンターティメントとしての魅力は十分だ。観て損はなし。「One Goose」の今後の作品にもぜひ期待したい。
◆「メランコリック」
(2018年 日本)(上映時間1時間54分)
監督・脚本・編集:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真、矢田政伸、浜谷康幸、山下ケイジ、新海ひろ子、大久保裕太、ステファニー・アリエン、蒲池貴範
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