映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ジョーカー」

「ジョーカー」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年10月4日(金)午後2時15分より鑑賞(スクリーン3/D-16)。

~転落していく弱き存在に漂う哀切。アメコミの悪役誕生秘話

アメコミにはあまり興味がない。アメコミが原作の映画もよほどのことがない限り観に行かない。そんな中、今年の第79回ヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞をアメコミ映画が受賞した。これは異例中の異例のことである。これは観ないわけにはいかないだろう。さっさくその映画「ジョーカー」(JOKER)(2019年 アメリカ)を観に行ってきた。

タイトル通り、アメコミ映画としてもおなじみのDCコミックスの「バットマン」に登場する悪役「ジョーカー」の誕生秘話を描いたドラマだ。

主人公の青年アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、大都会の片隅で、体の弱い母と2人で貧しく暮らしていた。コメディアンとしての成功を夢見ながら、ピエロのメイクで大道芸人として日銭を稼いでいる。

そんなアーサーは心を病んでいる。そのカウンセリングシーンが冒頭近くに登場する。そこで彼は突然大笑いをする。脳の病気のせいでこんなふうに突然笑い出し、コントロールが効かなくなるという。この設定が実に効果的だ。彼の不気味さを煽るだけでなく、そこにその時々の彼の感情が込められている。

アーサーは心優しき小市民だ。だが、彼には次々に受難が襲いかかる。まずはピエロ姿で閉店セールのPRをしていた時に、街の不良どもに襲われてしまう。そのことがもとで、雇い主の心証を悪くする。さらに同僚から拳銃を半ば強引に渡される。そのことが彼をますます転落へと導く。

そんなふうに、街にはびこる悪意や暴力が、アーサーの心をむしばみ、彼を追い詰めていく。その転落の過程が実に痛々しく描かれる。同じアパートに住むシングルマザーのソフィーとの出会いなど、ホッとするエピソードもあるにはあるが、それとてドラマが進むにつれて別の様相を呈するようになる。

彼の転落の大きな転機になるのは、地下鉄車内での惨劇だ。ピエロ姿で地下鉄に乗っていたアーサーを3人のビジネスマンがからかい、襲い掛かる。それに対してとっさにアーサーはある行動に出る。

その後は、アーサーの出生の秘密なども絡み、ますます事態は混迷を深めるようになり、アーサーはよりいっそう狂気へと走っていく。

舞台となるゴッサムシティの状況も、アーサーの狂気を加速させる。最悪の治安、無能な政治家、格差の深刻化、弱者の切り捨てなどが、ドラマの背景として描き込まれている。これは今の時代にも通じるテーマでろう。だからこそ、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したのではないだろうか。

さらに言えば、終盤に近付くにつれて、アーサーはゴッサムシティの反乱者たちの悪のヒーローに押し上げられる。現状に不満を持つ者たちが、悪のヒーローを支持するというのは、何やらどこかの国の政治と共通していると感じるのは、深読みしすぎだろうか。

狂気に走ったアーサーのクライマックスは、念願だったTV出演だ。彼が大ファンの司会者(ロバート・デ・ニーロが貫禄の演技!)による番組に、ピエロ姿で出演する。だが、それは彼のコメディアンとしての花道ではなかった。それこそが本物の悪のヒーロー誕生の瞬間だったのである。

本作の最大の魅力は、やはり主演のホアキン・フェニックスにあるのではないか。ジョーカー役は過去にもジャック・ニコルソンヒース・レジャーなどが演じて、いずれも強烈な印象を残していた。

ホアキンの演技もそれらに負けず劣らず壮絶なものだ。まずは例の笑いである。自身ではコントロールできない大笑いの中に、その時々のアーサーの胸の内を巧みに潜り込ませる。痛々しくも恐ろしい笑い声が、いつまでも耳に残る。

そして、そのたたずまい。どんどん痩せさらばえ、狂気を帯びていくアーサーを全身で表現する。狂気と正常との境界線を巧みに渡っていくような演技に、ひたすら圧倒された。一人芝居のような場面が多いだけに、なおさらその演技が光る。何度か登場する妖しげなダンスも実に魅力的だ。

こうしてホアキンが演じたことによって、典型的な悪のヒーローのはずのジョーカーの別の顔が見え、そこに転落していく者の哀切が強く漂うに至るのである。彼の演技を観るだけでも、必見の作品といえるだろう。

さらに加えて、トッド・フィリップス監督の功績も大きい。本作はアメコミにはない、ほとんどオリジナルのエピソードで構築されている。それを美しく戦慄の映像で綴る。特にオールディーズの名曲を使ったり、チャップリンの映画を登場させるなど、全編に古き良き時代の雰囲気を醸し出す。それがアーサーの狂気とコントラストをなし、より哀愁に満ちた世界を作り出す。

それにしてもトッド・フィリップスってどっかで聞いた名前だと思ったら、なんと「ハングオーバー」シリーズの監督じゃないですか! あのおバカコメディとの落差に驚かされるが、ある意味、喜劇と悲劇は紙一重。「ハングオーバー」を経て、こういう作品を生み出すのも不思議ではないのかも……。

アメコミの枠を飛び越え、より深い世界を描き出した映画だと思う。アメコミに関心の薄いオレの心にも十分にそれが届いた。 

 

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◆「ジョーカー」(JOKER)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間2分)
監督:トッド・フィリップス
出演:ホアキン・フェニックスロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、マーク・マロン、ビル・キャンプ、グレン・フレシュラー、シェー・ウィガム、ブレット・カレン、ダグラス・ホッジ、ジョシュ・パイス
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/