映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ひとよ」

「ひとよ」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年11月14日(木)午前11時30分より鑑賞(スクリーン7/D-7)。

~殺人犯の母の帰還に心乱れる3人の子供たち

前回のブログにも書いたが、母が入院して一時はかなり深刻な状態になったため、東京国際映画祭は会期途中で離脱。しばらくの間は映画館にも行けなかった。現在もけっして安心できる状態ではないのだが、ほぼ小康状態を保っていることもあって、昨日、久々に映画館に足を運んだのである。

鑑賞したのは「ひとよ」(2019年 日本)(上映時間2時間2分)である。「凶悪」「孤狼の血」「止められるか、俺たちを」「凪待ち」など、ハイペースで新作を送り出し続ける白石和彌監督。その白石監督が、女優で劇作家、演出家の桑原裕子が主宰する「劇団KAKUTA」が2011年に初演した舞台を映画化した。

設定はかなり極端だ。ドラマの発端は15年前。タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)が、夫をタクシーでひき殺す。夫は家庭内で激しい暴力を繰り返しており、3人の子どもたちをその暴力から守ろうとしての犯行だった。警察に出頭する前に、こはるは「15年経ったら帰ってくる」と言い残す。そして、それから15年後、出所したこはるが姿を現わす。

この設定を聞いて、「正義とは何か?」「罪とは何か?」などを問う重厚なドラマを想像したのだが、実際はだいぶ違っていた。何しろ、突然帰ってきたこはるだが、彼女には罪の意識などない。自分の犯行は子供たちのためだと信じ、事件直後には「誇らしい」とまで言い切っている。それは15年後も変わらない。もちろん心の揺れもあるだろうが、少なくとも表面的には堂々としたままだ。

それに対して右往左往するのは3人の子供たちである。長男の大樹(鈴木亮平)は地元の電気店の婿養子となったものの、妻から離婚届を突きつけられていた。小説家を夢見ていた次男・雄二(佐藤健)は風俗雑誌に原稿を書くうだつの上がらないフリーライターとして働いていた。長女・園子(松岡茉優)は美容師の夢を諦めて、地元のスナックで働き酒びたりの日々を送っていた。

つまり、3人それぞれが事件によって運命を狂わされ、心に深い傷を抱えていたのだ。そんな3人の前にその元凶となったこはるが帰ってきたことで、心は大きく揺れ始める。

彼らの母に対する思いは三者三様だ。大樹は基本的には母を温かく迎えるが、ままならない家族関係もあって時には違った態度も示す。雄二は自分たちの運命を狂わせた母を恨み、露骨に冷たい言葉を浴びせる。園子は自分たちを守ってくれたと感謝し、母を全肯定する。

シンプルさとは無縁のドラマだ。子供たちの心情は複雑で混沌としている。その心情を、過去の出来事などを挟みながら白石監督が力強く描き出す。そこがこの映画の最大の見どころだ。それを通して、家族という厄介な存在があぶりだされてくる。どうしようもなく面倒だけれど、それでもなかなか離れられない。そんな家族の姿である。

このドラマの主な舞台となるのは、親族が受け継いだタクシー会社だが、そこに出入りする人々の人間模様も面白い。認知症の家族に悩まされる女性事務員、元ヤクザで息子と離れて暮らす新入り運転手などのドラマが、稲村家の家族のドラマと絡み合い、家族の様々な態様を示す。

中盤以降、タクシー会社に対するいやがらせが再燃し、さらに雄二のある秘密が発覚したことで、3人の子供たちの感情が爆発する。

そして、終盤は意外な展開に突入する。カーチェイスやドロップキックまで飛び出す破天荒さだ。ただし、タイトルの「ひとよ」に絡めたところが秀逸。一夜にしてすべてが壊れた家族が、この一夜をきっかけに再生へと向かう姿を印象付け、家族の不可思議さを改めて提示する。

というわけで、ラストシーンはステレオタイプな再生ではないものの、一つの区切りと再出発を強く印象付けて、このユニークな家族ドラマを締めくくる。そこはかとない希望が感じられるエンディングである。

役者たちの演技も特筆ものだ。3人の子供たちを演じた佐藤健鈴木亮平松岡茉優は、それぞれに説得力のある演技だし、母を演じた田中裕子の存在感も際立つ。さらに、彼らの周囲の人々を演じた音尾琢真筒井真理子浅利陽介韓英恵MEGUMI佐々木蔵之介らの演技も文句なしに素晴らしい。これだけの役者を集めれば、充実した映画になるのは当然かもしれない。

けっして安易な感情移入を許すドラマではない。複雑かつ混沌とした家族の心根ゆえに、スッキリと得心できるドラマでもない。それでも観る価値は十分にあるだろう。設定こそ極端だが、ここに描かれた家族の姿には多くの家族に共通する普遍性が存在するのだから。

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◆「ひとよ」
(2019年 日本)(上映時間2時間2分)
監督:白石和彌
出演:佐藤健鈴木亮平松岡茉優音尾琢真筒井真理子浅利陽介韓英恵MEGUMI、大悟、佐々木蔵之介、田中裕子
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.hitoyo-movie.jp/