映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「家族を想うとき」

「家族を想うとき」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2019年12月18日(水)午後6時50分より鑑賞(スクリーン1/D-13)。

~宅配便ドライバー家族を通して巨匠ケン・ローチの社会に対する強烈な問題提起が炸裂!

麦の穂をゆらす風」「わたしは、ダニエル・ブレイク」で二度に渡ってカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞するなど、イギリスの名匠として知られるケン・ローチ監督。過去作でも様々な社会問題を取り上げてきたが、今回はワーキングプアの実態をリアルに描き出している。

冒頭、面接の音声が流れる。主人公のリッキー(クリス・ヒッチェン)が、フランチャイズの宅配ドライバーになるための面接を受けているのだ。そして見事に合格。今まで様々な仕事をしてきたが、マイホームを手に入れるために、個人事業主として独立を決意したリッキーは意気揚々と新たな進路に踏み出す。

彼は介護福祉士の妻アビー(デビー・ハニーウッド)と16歳の息子セブ(リス・ストーン)、12歳の娘ライザ・ジェーン(ケイティ・プロクター)と暮らしていた。アビーは車で介護の利用者宅を回って仕事をしていたが、リッキーはトラックを自前で用意する必要があるため、彼女を説得して車を売る。

ところがこれがつまずきの始まり。バス通勤を余儀なくされたアビーはますます多忙になる。元々利用者思いで、時間外まで仕事をしていた彼女は、家にいられる時間がさらに削られていく。

一方、宅配便ドライバーとなったリッキーはどうなのか。これがとんでもない実態なのだ。個人事業主とは名ばかりで、出来高払いのため過酷なノルマをこなす日々。時間に追われ端末に管理され、非情なボスがすべてを仕切る。休んだりトラブったら、そのまま自分に跳ね返る。

冒頭近くで同僚ドライバーが、リッキーにペットボトルを渡して「尿瓶だ」というシーンがある。リッキーは冗談だと取り合わないが、実はそれは本当だった。彼らにはトイレに行く時間さえないのである。

ある意味、これは時間のドラマといえるかもしれない。有限な時間をどう使うのか。本当ならそれは自分が決めること。だが、ワーキングプアのリッキーやアビーにはそれが許されない。有限な時間が仕事だけに絡めとられていく。

その影響をもろに受けるのが家庭生活だ。リッキーもアビーもこんな状態だから、セブもライザ・ジェーンにも変化が起きる。特にもともと学校をサボりがちで、ストリートアート(落書きネ)に興じるセブは、ますます道をそれていく。その後始末で仕事を休んだリッキーは、家族に当たりちらし、セブはますます反抗する。こうして、家庭はどんどん崩壊していくのである。

それにしても、経済合理性だけを追求して、フランチャイズと称して安いドライバーをこき使い、使い捨てにする宅配会社の悪辣さよ。悪辣なのはアビーが働く会社も同じだ。自分の親のように優しく、温かく利用者に接するアビーに対して、会社はこちらも経済合理性のみを追求する。

ケン・ローチ監督はそんな企業や、そこで働く人々を非難しているわけではない。彼らもまた仕方なくそうしているのだ。彼らをそうさせているこの社会の在りように対して、「なんか変じゃねえ?」「こんなんでいいのか?」と異議申し立てをしているのである。

終盤、事態はますますヒドイことになる。セブほどには変化がないように見えたライザ・ジェーンも、実はとんでもないことをしていたことがわかる。そして、リッキー自身にも悲惨な運命が待っている。こうして、どんどん転落していく彼らを見ていると、「これはある種のホラー映画かも……」とまで思ってしまったのだ。

多少の希望が見えかけたドラマだが、結局エンディングは救いがない。観ていて悲痛なほどの展開だ。これまたホラー的。悪い方向に進むとわかっていても、リッキーには選択肢がないのだろう。それほどワーキングプアが置かれた状況が過酷であることを示している。

過去のケン・ローチの映画の多くは、何らかの救いがあったと思うが、本作にはほとんどそれがない。それだけ彼の危機感が強いのだろう。「わたしは、ダニエル・ブレイク」で一度は引退宣言しながら今回復帰したのも、その危機感によるものに違いない。「こんな世の中に誰がした! これでいいのかみんな?」。そんな声が聞こえてきそうである。

もちろんそれはイギリスだけのことではない。世界で、そして日本でも、こうしたワーキングプアの問題は深刻だ。それだけになおさらグイグイと胸をえぐる映画なのである。

主要キャストはオーディションを中心に選ばれたという。リッキー役のクリス・ヒッチェンは、配管工として働いたのち40歳を過ぎてから俳優の道へ進んだという。アビー役のデビー・ハニーウッドもTVシリーズで小さな役を務めたのみで、映画は初出演。その分、足が地に着いた演技でリアルな本作を支えていると思う。

というわけで素晴らしい巨匠の力作なのだが、1つだけ文句を言うなら邦題。これは他の人も指摘しているが、原題は「SORRY WE MISSED YOU」。宅配の不在連絡票の言葉であり、家族の不在も示唆するタイトルだと思われる。この含蓄のある原題に比べて、「家族を想うとき」というのはねぇ。何か他に思いつかなかったのだろうか。

 

f:id:cinemaking:20191224212744j:plain

◆「家族を想うとき」(SORRY WE MISSED YOU)
(2019年 イギリス・フランス・ベルギー)(上映時間1時間40分)
監督:ケン・ローチ
出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター、ロス・ブリュースター
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://longride.jp/kazoku/