映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「テッド・バンディ」

「テッド・バンディ」
渋谷HUMAXシネマにて。2019年12月28日(土)午後11時50分より鑑賞(D-8)。

~実在した稀代のシリアルキラーを揺れ動く恋人目線で描く

東京・渋谷にある渋谷HUMAXシネマという映画館に初めて足を踏み入れた。系列の池袋HUMAXシネマズが複数のスクリーンを持つシネコンであるため、渋谷もそうだとばかり思いこんでいたのだが、実際は単館系映画館だった。何やら宇宙船内を思わせる円形のユニークな形状のロビーにはカフェも併設されている。そこから階段をちょっと上がってスクリーンに向かうのだが、なかなか味わいがあって良い映画館だ。もっと早く行けばよかった。

そこで今回鑑賞したのは「テッド・バンディ」(EXTREMELY WICKED, SHOCKINGLY EVIL AND VILE)(2019年 アメリカ)。30人以上の女性を惨殺した実在の殺人鬼を描いた実録犯罪ドラマである。

1969年、ワシントン州シアトル。シングルマザーのリズ(リリー・コリンズ)はバーで出会ったハンサムな男性テッド・バンディ(ザック・エフロン)と恋に落ちる。やがてリズの幼い娘モリーと3人で幸せな家庭を築いていく。

て、そんなお手軽な展開があるのか!? と思うかもしれないが、観ていると納得してしまうのである。なにせこのバンディという男、「こりゃー、女の人が夢中になるのも当然だわ」という人物なのだ。ブルーの瞳、誰の心も開かせる魅力的な表情、巧みな話術など、好感度ランキング上位確実の男なのである。

それを演じるのは製作総指揮も兼ねるザック・エフロン。これまでは普通の二枚目というイメージがあったのだが、今回はまた違った雰囲気を漂わせている。「本物のバンディもこんなだったのでは?」と思わせられるほど、魅力と狂気を併せ持つ役柄を巧みに演じていた。本作は、彼にとって大きなターニングポイントになる作品かもしれない。

その後、1974年になって、若い女性の行方不明事件が多発していることが新聞で報じられる。そして、ある時、信号無視で警官に止められたバンディは、誘拐未遂事件の容疑で逮捕されてしまう。その前年にも女性の誘拐事件が起きており、目撃された犯人らしき男の車はバンディの愛車と同じフォルクスワーゲンで、新聞に公表された似顔絵はバンディの顔によく似ていた。こうして捕まったバンディは裁判にかけられることになる。

本作の大きな特徴は、おぞましいシリアルキラーのドラマにもかかわらず、犯行シーンをほとんど描かないこと。せいぜい女性に接近するあたりで寸止めする。

それがどういう効果を発揮しているかといえば、観客を疑心暗鬼にさせるのである。バンディは徹頭徹尾無罪を主張する。それに対して、「もしかしたらコイツの言っていることは本当かも」と思わせてしまう。とはいえ、実際の彼は疑いようのないシリアルキラーだ。それゆえ観客は常に不安定な状態に置かれてしまう。

同時に、それはリズの視点でもある。彼女は愛ゆえにバンディの無実を信じている。だが、その一方で「もしかしたら」という疑念が拭えない。やがて職場の同僚男性と親しくなったこともあり、バンディを拒絶するようになる。それでも裁判での彼を見れば、やっぱり心は揺れる。というわけで、彼女もまた不安定極まりない心理状態に置かれてしまうのである。こうして観客とリズの心理がシンクロするところが、本作の面白さの一つだと思う。

そして、もちろんバンディという規格外のキャラも浮き彫りにする。彼は捕まった後、二度も脱走を試みて成功させている。また、かつて法学部の学生だったこともあって弁護士の言うことを聞かず、自己の主張を貫く。そして、ついに自ら主任弁護人となって、派手なパフォーマンスで自己弁護を行う。その模様は全米にテレビ中継され、多くの女性ファンが彼に魅了される。

リズに拒絶されたバンディは、終盤になって元恋人のキャロル(カヤ・スコデラーリオ)とヨリを戻す。彼女は裁判中のバンディを必死に支える。これまたバンディという男の特質を表すエピソードである。彼女もバンディの妖しい魅力にハマった女性だったのだ。

後半のハイライトであるカリフォルニアでの裁判で、判事(ジョン・マルコヴィッチが存在感バツグン)は告げる。「極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣」。本作の宣伝コピーにもなっているが(チラシやポスターにタイトルより大きく書かれている)、この言葉がまさにバンディを言い表している。

ラストに描かれた後日談が印象深い。それはリズがバンディに面会するシーン。冒頭にもチラリと出てきたが、痛切で迫力に満ちたシーンだ。バンディに真実の告白を迫るリズ。その時バンディの胸に去来したものは何だったのか。

ちなみに、リズを演じたリリー・コリンズは、あの人気ミュージシャンの(と言ってもすでに引退したけど)フィル・コリンズのお嬢さん。2015年公開の「ハッピーエンドが書けるまで」で観た時は、まだ可愛らしい女の子だったけど、すっかり大人の女優になったものである。揺れ動くリズの心理を繊細な演技で見せていた。

本作の監督のジョー・バーリンジャーは、バンディの時代とその人物像に迫ったNetflix のドキュメンタリー「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」を監督している。いわばバンディを知り尽くしているわけで、それゆえ当時の記録映像なども織り交ぜた本作の描写には説得力がある。劇中のバンディの言動にはやや唐突なところもあるのだが、それも本物の記録映像を使ったエンディングできっちりと落とし前を着けている。

稀代のシリアルキラーの実像を恋人目線で描き、その心理を観客にも体験してもらうという面白い構成の映画だ。それを通して人間の複雑さや闇も浮き彫りになる。バンディのような人物が今また現れたなら、同じようなことが起きないとも限らない。そう強く思わされたのである。

 

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◆「テッド・バンディ」(EXTREMELY WICKED, SHOCKINGLY EVIL AND VILE)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間49分)
監督:ジョー・バーリンジャー
出演:ザック・エフロン、リリー・コリンズ、カヤ・スコデラーリオ、ジェフリー・ドノヴァン、アンジェラ・サラフィアン、ディラン・ベイカー、ブライアン・ジェラティ、ジム・パーソンズジョン・マルコヴィッチ
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://www.phantom-film.com/tedbundy/