映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「パラサイト 半地下の家族」

「パラサイト 半地下の家族」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年1月10日(金)午前11時30分より鑑賞(スクリーン7/D-7)

~お金持ちに寄生する貧困家族。格差社会を照射した飛び切り面白くて怖いポン・ジュノ作品

韓国のポン・ジュノ監督は、最も好きな映画監督の一人だ。長編デビュー作「ほえる犬は噛まない」以来、「殺人の追憶」「グエムル 漢江の怪物」「母なる証明」「スノーピアサー」など、ほとんどの作品を観てきた(Netfli配信で日本で劇場公開されなかった「オクジャ」は未見ですが)。

そのポン監督が、第72回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を獲得したのが、「パラサイト 半地下の家族」(PARASITE)(2019年 韓国)である。

ポン監督は、ダメ人間の乾坤一擲の反転攻勢を何度も描いてきた。今回もまた社会の底辺にいるダメ人間の反転攻勢を描いているのだが、格差の拡大が顕著な現在の社会だけに、なおさらリアルで痛切にそのテーマが胸に響いてくる。

とはいえ、過去の作品同様に小難しさは全くなし。笑いがたっぷりのエンタメ映画として観客を楽しませるのが、ポン監督の真骨頂だ。

ちなみにこの映画、ネタバレ厳禁。何の予備知識もなしに見た方が良いという声も多いようだ。以下のレビューではネタバレはしないように気をつけるが、最低限のあらすじや内容には触れるので、そのあたりはご注意を。

冒頭に描かれるのは、半地下の部屋の窓から見える風景。窓には洗濯物の靴下がぶら下がり、外の猥雑な街の片隅では酔っ払いが立小便をしようとする。そして、家の中を見ればいかにも格差社会の底辺を象徴するような部屋。

そこに住むキム一家は、父ギテク(ソン・ガンホ)とその妻チュンスク(チャン・ヘジン)、大学受験に失敗続きの息子ギウ(チェ・ウシク)、美大を目指す娘ギジョン(パク・ソダム)の4人家族。全員定職もなく、宅配ピザの箱折の内職でその日暮らしをしていた。ギウとギジョンはWi-Fiが入らなくなったと大騒ぎ。要するに有料のWi-Fiを使う余裕がないため、タダ乗りしているのだ。2人は家じゅう電波を求めて、ようやくどこかの店のWi-Fiをキャッチする。

まもなく窓の外では何かの消毒が始まる。「窓を閉めようか」という子供たちに対して、父のギテクは言う。「ついでに消毒してもらえ。最近便所コオロギがたくさん出没するから」。間もなく部屋は煙だらけになり、家族は大いに慌てる。

この冒頭の数分間を観ただけで、キム一家がどんな境遇にあるのかが一目瞭然だ。彼らの貧困生活が臭い立ってくる。実際、劇中ではお金持ちの社長一家が、キム一家の臭いを気にする場面が何度か出てくる。このあたりは、さすがポン監督らしい見事な描写である。

まもなく長男のギウは、留学する大学生の友人に頼まれて、彼の後任として身分を偽って、お金持ちのIT社長のパク・ドンイク一家の娘の英語の家庭教師を引き受ける。なにせギウときたら、4回も大学受験に失敗している受験のベテランだ。おまけに詐欺師のように口がうまく、たちまち一家に取り入る。

ギウは、社長一家の幼い長男も美術の家庭教師を探していると知り、今度は妹のギジョンを紹介する。もちろん身分を偽り、2人が家族であることは隠していた。ギジョンもまた詐欺師の天賦の才能があるのか、瞬く間に社長一家の信頼を得てしまう。

だが、それだけではない。ギジョンはある策略を巡らせて、一家の運転手を追い出すと、今度は父のギテクを後釜の運転手に据える。続いて、家政婦にも謀略を仕掛けて追い出しに成功すると、母のチュンスクを後釜に据える。

こうして貧困家族が、超お金持ちの家に侵入するわけだ。この手の侵入ネタ自体は珍しくないが、その手口が実に面白い。ポン監督の作品らしくブラックな笑いが満載。運転手や家政婦の追い落とし作戦など、ひたすらおかしくて無条件に笑わせられる。

この手の侵入ものは、侵入の手口に加え、「いつかバレるのでは?」というハラハラ感も大きな魅力だ。この映画にも当然それがある。社長一家が息子のキャンプのために総出で外出したことから、事態は予想外の方向に転がりだす。

ここまでも十分にネタバレ気味なので、これ以上は何が起きるかは書かないが、中盤以降はとにかく予想もしないことの連続だ。「よくもこんなことを思いつく」と呆気にとられるばかり。サスペンスフルでユーモラス。ほとんどサイコホラーのような場面まである。

とはいえ、荒唐無稽な感じはしない。それはやはり格差社会というテーマが、そこに明確に刻まれているからだろう。

半地下のキム一家の家と、高台の社長一家の家。その格差の象徴として使われる坂道が効果的だ。先ほど述べた臭いもまたしかり。階段も象徴的に使われる。そして激しく降る雨が、両者の間にある抜き差しならない差異を際立たせる。雨は、高台から貧しい人々の住む街へと流れ込んでいく。

たいていの映画では、お金持ちはワルとして描かれがちだが、本作はそういうわけではない。社長一家に特に悪意はない。しかし、それでも彼らの言動はキム一家を傷つける。それが終盤のハイスピードの怒涛の展開へとつながっていく。そこに半地下ならぬ完地下が絡む構成にも度肝を抜かれた。

含蓄のある後日談も含めて、この映画は何を語っているのか。感じ方は人それぞれだろう。貧困者にも希望はあるのか。あるいはさらにどん底へと突き落とされるのか。様々なことを想起させる作品である。

この映画、舞台となるのはほぼ2つの家庭のみ。にもかかわらず全くダレるところがないし、観ていて飽きない。ポン監督の過去作と同様テンポが抜群にいいし、映像的にもインパクト充分でキレまくっている。観終わった後でも、全てのショットが頭にこびりついている。

そして名優ソン・ガンホはじめ役者たちの演技が素晴らしい。キム一家の人々はもちろん、IT社長パク・ドンイク一家の人々、そして家政婦夫妻の夢に出てきそうなほどの怪演も見逃せない。

ここまで格差社会を視覚的に見せることに成功した映画はそうはないだろう。その点では社会性たっぷりの映画なのだが、それ以前に単純にエンターティメントとして面白い作品だ。笑えて、ハラハラドキドキして、そのパワーに圧倒される。文句なしに素晴らしい映画である。やっぱりポン・ジュノ監督は凄い!

 

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◆「パラサイト 半地下の家族」(PARASITE)
(2019年 韓国)(上映時間2時間12分)
監督・脚本:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チョン・ジソ、チョン・ヒョンジュン、チャン・ヘジン、パク・ソジュン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.parasite-mv.jp/