映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラストレター」

「ラストレター」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年1月18日(土)午後1時25分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

~ノスタルジーと切なさに満ちたあの日の初恋、そして人生

岩井俊二監督の長編デビュー作「Love Letter」(1995年)を劇場で観た記憶はない。観たのはおそらくテレビだったのではないだろうか。いずれにしても、独特の映像美はその頃から際立っていた。

そんな「Love Letter」をどうしても思い起こしてしまうのが、2016年公開の「リップヴァンウィンクルの花嫁」以来の劇場用映画「ラストレター」(2019年 日本)である。舞台となるのは岩井監督の故郷の宮城。そして「Love Letter」がそうだったように、本作でも手紙が物語のキーポイントになる。

ちなみに、先日GYAO!で鑑賞した岩井監督による韓国のWEBドラマ「チャンオクの手紙」でも、文字通り手紙が重要なアイテムになっていた。岩井監督にとって、手紙は特別な意味を持つものなのだろう。

岸辺野裕里(松たか子)が姉・未咲の葬儀に参列する。そこで彼女は、未咲の娘・鮎美(広瀬すず)から未咲宛てに届いた同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。その後、未咲の死を知らせるために同窓会に出かけた裕理だったが、会場で学校の人気者だった姉と勘違いされてしまう。さらに、初恋の相手で小説家の乙坂鏡史郎(福山雅治)から声を掛けられる。ひょんなことから、裕理は未咲のフリをしたまま鏡史郎と手紙のやり取りをするようになる……。

SNS全盛のこの時代に、違和感なく手紙が使われるのは難しいのでは?と思うかもしれないが、そこはさすが岩井監督。スマホに届いた裕理宛て(というか相手は未咲だと思っているわけだが)のメッセージを夫が誤解したことがきっかけで、スマホが壊れてしまい……という設定で無理なく手紙のやりとりにつなげる。さらに時間設定も、「夏休み」に限定することで違和感なくドラマを構築している。

しかも手紙のやりとりは単なる文通ではない。裕理は未咲のふりをして鏡史郎に手紙を出すが、その手紙に自身の住所は書かない。そのため、やがて鏡史郎は未咲の実家宛に手紙の返事を出す。その実家には未咲の娘・鮎美と裕理の娘・颯香(森七菜)がいる。鮎美は母のフリをして鏡史郎宛てに手紙を書く。

というわけで本作は、手紙の行き違いをきっかけに始まった2つの世代の男女が繰り広げる恋愛模様と、それぞれの再生、成長を描くドラマである。事前に初恋相手に再会した女性のドラマと聞いて、ありがちな大人のロマンスを描いた作品なのかと思ったら、そうではなかった。

ドラマは、裕里の高校時代の回想シーンと現在が交互に展開する。高校時代の回想パートでは、未咲を広瀬すず、裕里を森七菜、鏡史郎を神木隆之介が演じる。それは実にみずみずしくキラキラ輝く青春の日々だ。

転校生の鏡史郎は入部した生物部で裕理と出会う。裕理は彼に恋心を抱く。だが、鏡史郎は裕理の姉で生徒会長の未咲に出会い、彼女に恋をする。そして、そこでも手紙が重要な役割を果たす。鏡史郎は未咲宛にラブレターを書き、それを裕理に託す。

岩井監督作品らしく、本作も美しい映像が観る者の心を揺さぶる。繊細な心理描写によって、淡い恋心や嫉妬など高校生たちの思いがこちら側に自然に伝播してくる。おかげで観ているうちに、自然にスクリーンに引き込まれてしまった。

それは現在を描いたパートでも同様だ。映画の中盤で鏡史郎は事実を知る。未咲はけっして幸福ではなかった。その死にも意外な事実が隠されていた。それを知った鏡史郎は、彼女の過去をたどり始める。

映画の終盤、未咲の遺影を前にした鏡史郎のシーンが胸を打つ。彼の胸に去来する様々な思いが、まるで自分もその場にいるかのようにリアルに伝わり、心を揺さぶられてしまう。ここでも岩井監督らしい美しい映像と繊細な心理描写が光る。ノスタルジーと切なさが最高潮に達する場面である。

キャストにも注目だ。過去にも女優たちの素晴らしい表情をとらえてきた岩井監督だけに、松たか子広瀬すず、森七菜らの描き方は特に見事。そして、福山雅治神木隆之介木内みどり(惜しくも先日急逝……)らプロの役者と、庵野秀明(映画監督)、小室等(シンガーソングライター)、水越けいこ(シンガーソングライター)、鈴木慶一(ミュージシャン)ら異業種からのキャストを違和感なく溶け込ませているのも特徴。さらに、「Love Letter」の豊川悦司中山美穂を登場させる遊び心も。

実のところ、本作の企画・プロデュースを川村元気が担当していると聞き不安が胸をよぎった。ヒット作を連発する人物だが、作品によっては監督の持ち味が消えてしまっているケースも観られるからだ。だが、その心配は杞憂だった。

まあ、考えてみれば若い監督ならいざ知らず、岩井監督ですからね。押しつけがましくなく、ごく自然に観客の感情を揺さぶる技はもはや職人芸のレベルと言ってもいいだろう。

未咲の過去を中心に、描きようによっては重く暗くなりそうなドラマである。だが、岩井監督はそうしない。全体のタッチは明るい。美咲の夫がいきなり巨大な犬を2匹も購入するシーンなど、笑える場面もあったりする。

裕里と彼女の現在の家族をはじめ、基本的にはみんなが幸せそうに描かれる。そんな幸せそうに見える人々の人生にも、必ず苦い思い出や後悔がある。誰しも思い通りには生きられない。それでもそれを丸ごと抱えながら、私たちは生きていく。そんなことを考えさせられる作品だった。

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◆「ラストレター」
(2019年 日本)(上映時間2時間1分)
監督・共同製作・原作・脚本・編集:岩井俊二
出演:松たか子広瀬すず庵野秀明、森七菜、小室等水越けいこ木内みどり鈴木慶一豊川悦司中山美穂神木隆之介福山雅治
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://last-letter-movie.jp/