映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「レ・ミゼラブル」

レ・ミゼラブル
新宿武蔵野館にて。2020年3月7日(土)午後2時10分より鑑賞(スクリーン3/C-3)。

~出口なしの底辺地区を追体験する緊迫感と重たすぎる余韻

レ・ミゼラブル」というタイトルの映画が公開されると聞いて、大ヒットミュージカルの映画化か、あるいはその原作となったビクトル・ユゴーの名作の映画化かと思ったのだが、そうではなかった。

レ・ミゼラブル」(LES MISERABLES)(2019年 フランス)は、ユゴーの「レ・ミゼラブル」の舞台となったパリ郊外のモンフェルメイユで起きた一日の出来事を描いたドラマ。時代は現代。同地には移民や低所得者が多く住む団地が林立し、犯罪が多発する危険な地区となっていた。

映画の冒頭、モンフェルメイユに住む人々たちが、フランス国旗を手にパリの中心地に集まる。そこに集った様々な人々は、フランスのワールドカップ優勝に狂喜乱舞する(つまり2018年の出来事)。その中には、もちろんモンフェルメイユの住民たちもいる。まさにフランスが一つになった瞬間だ。だが、その後のドラマで描かれるのは、それとは真反対の格差と分断の世界である。

モンフェルメイユの警察にステファン(ダミアン・ボナール)という警官が配属されるところからドラマが始まる。彼は犯罪防止班に加わり、粗暴で気性の荒いクリス(アレクシ・マナンティ)、地元出身のグワダ(ジブリル・ゾンガ)という2人の先輩警官とともに地域のパトロールを開始する。

そこでステファンが目にするのは、予想外の光景だった。この地区では「市長」を自称するボスが様々なことを仕切る一方で、別のギャングも暗躍していた。さらに、前科者だが厚い信仰心を持ち、両者と距離を置く男もいた。彼らが激しく対立し、一触即発の緊張状態だったのだ。

そんな状況下で、先輩警官のクリスとグワダは強引かつ理不尽な態度で住民と接する。令状なしで子供たちを捕まえたり、家宅捜査しようとするのだ。暴力だって厭わない。見ようによっては彼らもまたギャングに見えないこともない。

そうした状況に違和感を持つステファン。観客はステファンの視線と同化して、モンフェルメイユの住民や警官たちの言動を、驚きと恐怖とともに目撃することになる。

そんな中、サーカス団からライオンの子どもが盗まれる事件が発生する。犯人はモンフェルメイユの黒人少年だという。本来ならただの子供のいたずらで終わるかもしれない事件。だが、被害者のサーカス団は、これまたギャングのような荒くれ者たち。彼らと地元民との対立の影響もあり、捜索に乗り出すステファンたちだったが……。

中盤はその捜索劇がドラマの柱になる。「市長」、ギャング、前科者などが絡み合い、事態は混沌とする。そして、クリスとグワダの2人の警官は相変わらず荒っぽい行動を繰り返す。彼らによる危険な均衡は、思わぬところから崩れ、修復を図ろうとしてますます混乱のるつぼにはまっていく。

モンフェルメイユ出身で現在もその地に暮らすラジ・リ監督。さすがに地元を知り尽くしているだけに、その描写はリアルでウソがない。まるで自分も現場に放り込まれたかのような緊張感に襲われる。映像もスリリングでスピーディー。息詰まるようなシーンが連続する。

移民大国の底辺層を描いた本作は、社会派の要素を持つ映画ではあるが、同時にサスペンス・アクションとして出色の魅力を持つ。これが初長編監督作品となるラジ・リ監督だが、その才能はかなりのもの。単純なエンタメ映画を撮っても、面白い作品を作りそうだ。

やがて子ライオン泥棒の犯人が判明する。だが、その直後に事態はとんでもない方向に突入する。さらに、その模様をある少年がドローンで撮影していたことが大きなターニングポイントとなって、ドラマはますます予測不能でスリリングな展開へと突き進む。

終盤、ステファンの良心が通じ、事態は沈静化したかに見える。そして警官たちも家に帰れば家族がいて……というところで、誰もが完全な悪人ではなく多面性を持つことを印象付けてドラマが終わるかと思いきや、その後に待っていたのは壮絶な出来事だった。

貧困や格差がもたらすモラルの欠如。それを権力をかさに着て力で制しようとする警察。だが、それはけっして問題の根本的な解決にはならない。むしろ憎しみが暴力を呼び、それが連鎖してさらに事態を悪化させる。その最大の犠牲者が子供であることを強く印象付けるラストだった。

本作は、第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。第92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートもされた。破格の緊迫感とリアルさの果てに、重たすぎる余韻がズシリと残る作品である。

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◆「レ・ミゼラブル」(LES MISERABLES)
(2019年 フランス)(上映時間1時間44分)
監督:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール、アレクシ・マナンティ、ジブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール、イッサ・ペリカ、アル=ハッサン・リ、スティーヴ・ティアンチュー、アルマミ・カヌーテ、ニザール・ベン・ファトゥマ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://lesmiserables-movie.com/