映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「子どもたちをよろしく」

「子どもたちをよろしく」
ユーロスペースにて。2020年3月19日(木)午後12時50分の回(スクリーン1/C-8)。

~子供たちを巡る過酷な状況を赤裸々に描き大人たちに問いかける

寺脇研氏と前川喜平氏はどちらも元文部官僚。でありながら、現在の安倍政権には批判的で、教育行政にも強い危機感を抱いている。そんな2人が企画に名を連ね、寺脇氏が統括プロデューサーを務めた映画「子どもたちをよろしく」(2020年 日本)は、子供たちを取り巻く今の過酷な状況を赤裸々にあぶりだした問題作である。

北関東のとある街が舞台のドラマ。映画の冒頭、ある男の顔がアップになる。お! 日本映画に欠かせないバイプレーヤーの川瀬陽太ではないか。

そんな川瀬が演じるのはデリヘルの運転手の貞夫。彼が車に乗せているのはデリヘル嬢の優樹菜(鎌滝えり)だ。この2人のそれぞれの家庭を中心にドラマが展開する。

貞夫は妻に逃げられ、重度のギャンブル依存症だった。デリヘルの経営者に借金を重ね、それでもギャンブルがやめられない。そのため息子の洋一(椿三期)と暮らす家に帰るのはいつも深夜で、洋一は暗く狭い部屋の中で、帰ることのない母親を待ち続けていた。貞夫は洋一の給食費もまともに払えない。貧困の波が洋一に押し寄せる。やがて彼らの家はガスも電気も止められてしまう。その貧困が原因で、洋一はクラスメートから強烈ないじめも受けていた。

一方、優樹菜は、実母の妙子(有森也実)と義父の辰郎(村上淳)、そして辰郎の連れ子である稔(杉田雷麟)と4人で暮らしていた。辰郎は酒に酔うと妙子と稔に暴力を振るい、優樹菜には性暴力を繰り返した。妙子はなす術もなく、見て見ぬ振りを続けている。そんな父母に不満を感じながら、稔は優樹菜に淡い思いを抱いていた。

本作は完璧な映画というわけではないだろう。個人的にはステレオタイプな人物設定や、いくつかの紋切り型のセリフ回しが気になった。

だが、それを補って余りあるのが役者たちの演技だ。川瀬陽太村上淳有森也実ら親を演じたベテラン役者たちのリアリティーあふれる演技が素晴らしい。さらに、子供たちを演じた鎌滝えり、杉田雷麟、椿三期の内面をさらけ出すような演技も見事だ。それらが、このドラマを充分に説得力のあるものにしている。

そして何よりも、寺脇研前川喜平の両氏や、2007年の松田翔平主演「ワルボロ」以来12年ぶりの監督作品となる隅田靖監督をはじめとする作り手たちの、強い思いがダイレクトに観客に伝わる作品である。

子供たちを取り巻く、いじめ、性暴力、DV、アルコール&ギャンブル依存症、貧困などの深刻さは、ニュースではよく目にしても、それがリアルな実態として感じられるとは限らない。どこか遠い出来事のように感じられる人も多いのではないだろうか。しかし、映像として目の前に突きつけられることによって、それらの事実がより迫真性を持って感じられるはずだ。

上映後のトークで前川氏も語っていたが、ドキュメンタリーでは家庭の中にまでカメラが入り込むことは困難だ。劇映画というスタイルゆえに、子供たちの過酷な現状が、しっかりとスクリーンに刻み込まれている。そのあまりのリアルさに、時には胸苦しさを覚えるほどである。

本作には救いがない。何度か希望につながるのではないかと淡い期待を抱かせる場面もあるのだが、そのたびに希望は打ち砕かれる。それほど現実は厳しいということなのだろう。

例えば、同じ中学校に通う稔と洋一は以前は仲の良い友人だったが、今は稔たちのグループが洋一をいじめの標的にしていた。それでも中盤で一瞬、2人の距離が縮まる場面がある。だが、両者がそれ以上心を通わせることはない。

終盤、ドラマは大きく暗転する。すでに家の中でデリヘルの名刺を拾い、姉の仕事に疑問を抱いた稔は、自分も洋一のようにいじめられる側になるのではないかと怯えるようになる。そして激しい行動に出る。そんな稔の行動が悲劇を生み出す。

最後の最後に映るのは、稔とともにいじめを行っていた3人の子供たちの証言。そこにもやはり救いはない。だが、その後に証言した稔は……。

エンターティメント性とは無縁の映画だ。ポン・ジュノ監督なら、稔や洋一に乾坤一擲の反撃を用意するだろう。あるいは、そこにスリリングなサスペンスの要素を付け加えるかもしれない。

だが、それは本作には似合わないと思う。なまじのエンタメ性や救いを排してでも、真正面から子供たちを取り巻く実態をあぶりださなければいけない。作り手たちはそう思ったのではないか。彼らが抱く危機感はそれほど強いのだろう。ここには紛れもなく今の時代の悲しい真実がある。

子供たちを救う手段はなかったのか。学校、地域、家。それぞれの場で大人たちができることはなかったのか。観終わって、考え込まずにはいられなかった。そうなのだ。本作は今の子供たちを取り巻く状況を明らかにし、観客である大人たちに強く問うているのだ。あなたならどうするのだ、と。

気概に満ちた力作。今こそ観るべき映画である。

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◆「子どもたちをよろしく」
(2020年 日本)(上映時間1時間45分)
監督・脚本:隅田靖
出演:鎌滝えり、杉田雷麟、椿三期、川瀬陽太村上淳有森也実斉藤陽一郎、ぎぃ子、速水今日子、金丸竜也、大宮千莉、武田勝斗、山田キヌヲ、上西雄大、小野孝弘、林家たこ蔵、苗村大祐、初音家左橋、難波真奈美、上村ゆきえ、木村和幹、外波山文明
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