映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
池袋シネマ・ロサにて。2020年3月22日(日)午後1時35分の回(シネマ・ロサ2/C-7)。

~左右の対立を越えて繰り広げられた熱い時代の熱い討論

ノーベル賞の候補にも挙がった日本を代表する作家の三島由紀夫だが、実はその著作はあまり読んだことがない。1970年(昭和45年)11月25日、三島は楯の会(三島が創設した民兵組織)隊員ともに自衛隊市ヶ谷駐屯地でアジ演説を行い、その後自決した。それは右翼思想に基づくもので、子供心にも何やら忌まわしいものを感じ、それ以降、積極的に著作を手に取ろうという気持ちが起きなくなってしまったのだ。

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」(2020年 日本)は、その三島と東大全共闘による伝説の討論会を描いたドキュメンタリーだ。討論会を記録したTBSに残されていた貴重な映像をもとに、元東大全共闘の人々、元楯の会の人々などヘのインタビュー、そして識者の解説から構成されている。

三島や東大全共闘のことを知らなくても問題はない。「森山中教習所」「ヒーローマニア 生活」などの劇映画を手がけてきた豊島圭介監督の作品ということもあり、誰にでも観やすいように配慮されている。三島や東大全共闘についてコンパクトに説明が加えられているのと同時に、作家の平野啓一郎をはじめとする識者の解説が、討論のポイントをきっちりと押さえてくれる。

討論会が行われたのは1969年5月13日。当時は、大学の不正運営などに異議を唱えた学生運動が、全国的に盛り上がりを見せた時期だ。その一方で討論会に先立つ1月には、東大安田講堂に籠城した学生が機動隊によって排除され、武闘派とうたわれた東大全共闘も転機にさしかかっていた。一方、三島は次々に作品を発表するのと同時に、盾の会を組織して自衛隊体験入隊し、右翼的な行動をエスカレートさせていた。

いわば左右の相容れない対決だと思われていたのがこの討論会だ。4章立てで構成された本作の序盤も、そうしたヒリヒリするような緊張感に包まれている。1000人を超える若者が待ち受ける駒場キャンパスの900番教室に三島は単身乗り込む(もしかしたら三島が刺されるのではないかと考えた盾の会隊員は、秘かに会場に潜り込んでいたのだが)。学生たちは、三島を挑発するようなビラを掲示する。

そんな中で行われた議論は意外なものだった。まず三島がスピーチをした後で、「他者とは?」というテーマで議論が交わされるのだ。その内容はかなり抽象的で哲学的なもの。正直難解でよくわからないところがたくさんあった。

とはいえ、会場の異様な熱気は伝わってくる。三島も学生たちも破格のエネルギーを持ち、真摯に言葉を交わしている。「かつての若者は、こんなふうに熱い議論を交わしていたのか」と何度も感心させられた。

特に面白かったのは、赤ん坊を抱いて三島に議論を吹っ掛ける芥正彦の姿。前衛演劇をやっているということもあり、かなり先鋭的な議論を仕掛ける。それに三島も前のめりに答える。解放区、時間、名前など様々なテーマがそこから浮かんでくる。シビアな議論ではあるのだが、ユーモアもそこかしこにあり、観ていて単純に面白かった。

ちなみに、本作には現在の芥氏も登場するのだが、その圧倒的なオーラときたら。スクリーンを通しても、近寄りがたいほどだった。

そんな様々な討論を通して、左の全共闘、右の三島の対立という図式が崩れていく。それぞれの立ち位置は違っても、国や社会をどうすべきかについて真剣に考えている点は共通。そして、どちらも熱すぎる情熱を燃やしている。それが両者を共鳴させる。

終盤、テーマは「天皇」に移る。そこで三島が語るのは意外なことだった。それについての識者の解説も併せると、戦争の影が三島に大きく投影されていたことがわかる。さらに、三島は「君たちが天皇と言いさえすれば共闘する」とまで言うのだ。リップサービスにしても、一般的な三島のイメージとは違う興味深い発言である。

個人的に最も印象に残ったのは、言葉の持つ力の大きさだ。三島も若者たちも、言論をもってして相手に挑みかかる。現在のSNSなどで交わされる罵倒、罵詈雑言、そこまで行かないにしても軽すぎる言葉の数々。それらと比較するまでもなく、言葉の持つ本来の力を実感させられた。はたして今の時代に、こうした対論が可能なのだろうか。

なにせ使われている映像は一部なので、尻切れトンボの議論もある。三島や全共闘の全貌を描き切っているわけでもない。それでも、両者について考える大きなヒントを与えてくれるのは間違いない。

この討論会からほどなく、三島は自決する。本作を観ると、それは思想的な行動というよりは彼の美学が引き起こした行動に思えてならない。本作の討論で、すでに三島は自決を示唆する発言をしている。

また、一般に全共闘運動は敗北したといわれるわけだが、それを振り返る当事者の複雑な表情が忘れ難い。敗北かどうかはともかく、運動はいつか終わる。問題はその先の生き様なのだと、強く感じさせられた。

いずれにしても、本作で描かれたことは遠い過去の歴史の出来事ではないだろう。どこかで今とつながっているに違いない。いや、そうであってほしい。そんなことを考えさせられた作品である。

さてさて、三島の小説、読んでみようかな。全共闘の記録も一緒にね。

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◆「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
(2020年 日本)(上映時間1時間48分)
監督:豊島圭介
出演:三島由紀夫、芥正彦、木村修、橋爪大三郎、篠原裕、宮澤章友、原昭弘、椎根和、清水寛、小川邦雄、平野啓一郎内田樹小熊英二瀬戸内寂聴東出昌大(ナレーション)
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
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