映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「私の少女」

「私の少女」
2020年5月6日(水)GYAO!にて鑑賞。

~傷ついた女性警官と少女の孤独、苦悩、愛、そして共鳴

体調は一時よりだいぶ良くなったものの、まだ完調というところまではいかない。そのせいか、どうも初見の映画を観る気力が出ない。さて、どうしたものか。

そんな中、GYAO!の無料のラインナップを見ていて発見したのが、「私の少女」(2014年 韓国)。2015年5月の公開時に劇場に足を運び高評価した作品。ぜひもう一度観たいと思いつつそのままになっていたのだ。というわけで、「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第6弾(だっけ?)はこれにします。

心に傷を抱えた女性警官と、少女との心の交流を描いた作品だ。とはいえ、ほのぼの穏やか系の映画とは全く異質な作品である。

冒頭、海辺の村に一台の車がやってくる。そこに乗っているのはソウルからやってきた女性警察官のヨンナム(ペ・ドゥナ)。彼女はソウルで問題を起こし左遷されて、この村の派出所長として赴任してきたのだ。

そんな中、道端では1人の少女が遊んでいる。彼女の名はドヒ(キム・セロン)。14歳。実の母親が蒸発し、血のつながりのない継父ヨンハと、その母親である祖母から虐待を受けている。そのことを知ったヨンナムは、彼女を守ろうとする。

舞台となる村は、老人ばかりの村だ。わずかにドヒの継父ヨンハだけが、比較的若い住人。しかも、商売をしているとあって、村人たちは彼の暴挙に対して「酒のせいだ」と寛容だ。心身ともに傷ついたドヒにとって、ヨンナムは自分を守ってくれる唯一の存在なのである。

また、ヨンナムも左遷の原因となったある事件で、心に大きな傷を負っている。そんな2人は次第に距離を縮めていく。しかし、ヨンナムの努力にもかかわらず、ドヒに対する虐待は続く。そこでヨンナムは彼女を自宅で預かることにする。そこから事態は思わぬ方向に進む。

少女に対する虐待という事実が、この映画をただのハートウォームな映画にとどめない。同時に同性愛、不法滞在者、地方のゆがんだ現状なども、本作の題材として描き込まれている。それらが幾重にも重なり合い、本作を一筋縄ではいかない作品に仕上げている。サスペンス的な味付けも、そこには加わる。

この映画の監督は本作が初の長編作となったチョン・ジュリ。だが、これほど社会性の強い濃密な作品となったのは、プロデュースを務めた名匠イ・チャンドン監督の影響が大きいのかもしれない。

そして何よりも、本作を魅力的に輝かせるのがペ・ドゥナ、キム・セロンという2人の女優の演技である。

ペ・ドゥナは、孤独を背負い、迷い傷つきながらもドヒを守ろうとするヨンナムを見事に演じ切っている。明確な言動からだけでなく、例えば無表情からも多くのことが語られるその演技は他の追随を許さない。自分にとって、まさにミューズと呼べる存在の女優である。彼女の出演作には本当にハズレがない。

一方のキム・セロンは、同じくイ・チャンドンがプロデュースした「冬の小鳥」(2009年)で、9歳の薄幸な少女がやがて自身の強い意志で未来に踏み出す姿を健気に演じて注目を集めた女優。本作では、虐待の被害者の憐れな少女という側面だけでなく、様々な対立する表情を見せている。

映画の序盤から中盤にかけての彼女の顔は、無邪気でまるで天使のように見える。その笑顔も屈託がない。だが、ドラマが進むにつれて、計算高く、悪意を秘めた顔も見せるようになる(もちろんそれは不幸な身の上に起因したものと類推できるが)。本作の終盤で若い警官が、「怪物のように見えることがある」と彼女について語る場面がある。そうした得体の知れなさも、見事に表現した演技なのである。

そんな両者の交流は、当然ながら心温まるものであり、微笑ましさに彩られている。だが、それだけでは済まないものが、そこに大きく横たわる。ドヒを守るヨンナムだが、彼女に翻弄され混乱することさえある。

映画の終盤には、ヨンナムの左遷の原因が明らかになり、それがその後のドラマの展開に大きな影響を及ぼす。

クライマックスでは、ドヒが危険な賭けに出る。それを幼い少女の精一杯の抵抗とみるか、あるいは悪魔性が発揮されたものとみるかは人それぞれだろう。いずれにしても、その行動がヨンナムに衝撃を与え、ラストの「私と行く?」という言葉へとつながる。その際のヨンナムの表情のアップ、それを受けたドヒの表情のアップがいつまでも心に残る。

本作に安易な希望やカタルシスは提示されない。明確なメッセージが発せられるわけでもない。ただひたすら、ヨンナムとドヒの孤独と苦悩、愛と共鳴が淡々と映し出される。

だが、それでも個人的には、観終わってある種の清涼感が感じられた。ヨンナムとドヒは単なる保護者と被保護者という関係を越えて、より深く魂同士で結びついたのではないか。傷ついた2人の道行の果てにはきっと光がある。そう信じたいと強く思ったのである。

再度観ても心を揺さぶられる作品だった。「二度目だし気楽に観られるかな」などと思ったら大間違い。ズドンときました。ハイ。

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◆「私の少女」
(2014年 韓国)(上映時間1時間59分)
監督:チョン・ジュリ
出演:ペ・ドゥナ、キム・セロン、ソン・セビョク
*動画配信サイトにて配信中。ポニーキャニオンよりDVD発売・レンタル中