映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「海を駆ける」

海を駆ける
2020年5月9日(土)GYAO!にて鑑賞。

インドネシアの地に出現した謎の男、観客の想像力が試される作品

新型コロナウイルスの影響で休館を余儀なくされている映画館。特にミニシアターにとっては大きな痛手で、経営的に瀕死状態のところも多い。そんな中、そうしたミニシアターを救うべく、クラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」が立ち上がった(自分も微力ながら協力しました)。その中心メンバーの一人が深田晃司監督である。

深田監督といえば、第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」をはじめ、「ほとりの朔子」「さようなら」「よこがお」など、数々の秀作を送り出してきた。とはいえ、それらはほとんどが作家性の強い作品で、いわゆるエンタメ作とはほど遠い。それゆえ上映はミニシアターが中心。ミニシアターと切っても切れない関係にある監督と言えるだろう。

今回、「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第7弾で取り上げるのは、そんな深田監督の作品「海を駆ける」(2018年 日本・フランス・インドネシア)、一昨年の公開時に気になってはいたものの見逃してしまい、今回が初見である。

本作の舞台はインドネシアスマトラ島のバンダ・アチェでオールロケを敢行した。冒頭に映るのはそのインドネシアの海。そこから一人の男(ディーン・フジオカ)が現れて、浜辺に倒れ込む。

続いて映るのはビデオカメラの映像。現地のジャーナリスト志望の女性イルマ(セカール・サリ)が、幼なじみのクリス(アディパティ・ドルケン)ともに様々な人々にインタビューしている映像だ。その中には、NPO法人で災害復興の仕事をしている貴子(鶴田真由)と、彼女とインドネシア人の夫との間に生まれた息子でクリスの同級生タカシ(太賀)もいる。まもなく彼らのもとに、身元不明の日本人らしき男性が見つかったという連絡が来る。先ほどの男だ。

海で発見されたことからインドネシア語で「海」を意味する「ラウ」と名づけられたその男は、片言の日本語やインドネシア語を話すものの、自分が何者か語らず、記憶喪失ではないかと診断される。貴子はラウを自宅で預かり、身元捜しを手伝うことになる。貴子の家には日本から来た姪のサチコ(阿部純子)も滞在することになる。

謎の男が出現して人々の運命が狂わされるという筋書きは、深田監督の過去作の「歓待」や「淵に立つ」を思い起こさせる。だが、本作のラウは自ら人々の運命をかき乱したりはしない。ただそこにいるだけなのだ。

それでも彼には不思議な能力がある。彼の周囲では死んだはずの魚が生き返り、水しか出ないはずのシャワーからお湯が出るようになり、熱中症で倒れた子供が元気になる。彼はいったい何者なのか。神なのか? 宇宙人なのか? 何をしに現れたのか?

謎の男ラウの正体探しを軸にしつつも、ドラマは多面的な顔を見せる。2004年にこの地を襲った大きな津波は多くの人々を犠牲にし、生き残った人々にも深い傷を残した。そのことが本作のドラマに大きな影を落とする。

また、2つの祖国を持つ若者のアイデンティティーの問題や、かつての太平洋戦争による傷跡と、それに起因する現地の対日感情なども描かれる。インドネシアの若者の恋愛の障壁となる宗教的な要因などの話も飛び出す。

また、本作は青春恋愛ドラマの要素も持ち合わせている。かつてクリスはイルマにふられ、今はサチコに気がある。タカシもまた、そんな恋のさや当ての中に巻き込まれていく(恋のさや当てというよりは、痴話ゲンカみたいなところまであって苦笑してしまったのだが)。

とはいえ、その恋愛ドラマの中心にいるサチコもまた、何やら心に傷があるようで、インドネシアにやってきたのも父の遺灰をまく場所を探すためだった。

そんなふうに、様々な要素を散りばめながら、リアルとファンタジーを行き来しつつドラマが進む。美しい海の風景をはじめ、映像的にも見応えがある。

ほとんど言葉を発せず、得体の知れなさを醸し出すディーン・フジオカをはじめ、太賀、阿部純子、アディパティ・ドルケン、セカール・サリの若者たち、彼らを見守る鶴田真由らの演技もなかなかのものだ。

さて、問題は本作の最大の謎である「ラウは誰なのか?」だが、それに明確な答えを期待すると裏切られる。深田作品の多くは、明確な答えを提示せず観客に判断を委ねる。それは本作も同様だ。

途中まではあたかも神のようにも見えるラウだが、終盤では悪魔性のようなものを見せる場面が登場し、観客をますます混乱させる。ラウは何者かという問いは、観客一人一人が自ら判断するしかない。

正直なところ、誰にでもおススメできる映画ではない。ファンタジー的な要素が強いだけに、人によってはツッコミどころ満載の映画に思えるかもしれない。わかりやすさとは無縁。その分、観る者の想像力が試される作品でもある。だが、しかし、その分、捨てがたい魅力を持った作品ともいえる。そこには、明るさと暗さ、爽快さと不気味さ、善と悪、希望と絶望といった相反するものが混在している。紛れもなく深田監督らしさにあふれた作品といえるだろう。

それにしても映画とは、何と多様なもの。その多様性を失わないためにも、本作のような作品を上映するミニシアターの存在は貴重だと、改めて感じたのだった。

◆「海を駆ける
(2018年 日本・フランス・インドネシア)(上映時間1時間47分)
監督・脚本・編集:深田晃司
出演:ディーン・フジオカ、太賀、阿部純子、アディパティ・ドルケン、セカール・サリ、鶴田真由
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