映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「弁護人」

「弁護人」
2020年5月18日(月)GYAO!にて鑑賞。

人権派弁護士の誕生をエンタメ性タップリに見せる、ソン・ガンホ映画にハズレなし

アベノマスクはとっくに届いたが使っていない。開封するまでもなく小さすぎるわ!おまけに、もう普通にマスク売っているし。検察庁法改正案といい、何やってるんでしょうか。日本政府。またしても前田敦子主演「もらとりあむタマ子」のセリフ「ダメだな。日本は」が頭の中でリフレインする日々なのだった。

そんな中、「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第10弾で取り上げるのはソン・ガンホ主演の「弁護人」(THE ATTORNEY)(2013年 韓国)。「パラサイト 半地下の家族」を引き合いに出すまでもなく、ソン・ガンホ主演の映画はハズレがない。なので、極力観るようにしているのだが、それでも追いかけきれない作品がある。本作もそんな一作だ。

軽快な音楽からドラマが始まる。舞台は1980年代初頭、軍事政権下の韓国・釜山。主人公は高卒ながら努力して司法試験に合格したソン・ウソク(ソン・ガンホ)。冒頭、彼は裁判官をやめて弁護士になる。それまで主に司法書士が行っていた不動産登記を専門とする弁護士だ。ウソクの狙いは大いに当たり、次から次へと仕事が舞い込み経済的にも豊かになる。

序盤はウソクが弁護士として成功するまでのドラマだ。楽して稼ぐことだけを考えて不動産登記の仕事を始め、どんどん成功していく姿をユーモアたっぷりにテンポよく描く。中途半端な成金のようなウソクではあるのだが、同時にそれとは違う様々な表情も見せる。

特に若い頃の彼に関わるあれこれが人情喜劇のように描かれる。どうしても住みたかった家にまつわるある秘密。かつての恩義がある食堂での店主の女性スネ(キム・ヨンエ)との再会。そうしたエピソードがしみじみとした感動を呼び、観客の感情移入を誘うのだ。

何しろそれを演じるのがソン・ガンホである。お調子者で成り上がり志向を持ちつつも、根は恩義に厚く正義感の強い男。そんな多面性を持つウソクを、いつものようにメリハリある演技で巧みに表現していく。それだけで、スクリーンに釘付けになってしまう。

ドラマの転機は、先ほど述べた食堂の店主スネの息子ジヌ(イム・シワン)が、国家保安法違反容疑で逮捕されたことにより訪れる。当時の韓国では軍事政権下、何の証拠もないのに若者たちが次々に「アカ」呼ばわりされて逮捕されていたのだ。

その弁護をするのは大変なことだ。ちょうど税務専門の弁護士に転向してまたもや成功を手にし、大手企業からのスカウトを受けていたウソクも、最初は乗り気ではなかった。だが、スネの切実な訴えを無視できず、拘置所の面会に行ったところ、そこでジヌの信じがたい姿に衝撃を受ける。そして、ついに弁護を引き受けるのだ。

人権派弁護士の活躍などというステレオタイプのドラマとは無縁。前半の成金お調子者のイメージがあるからこそ、弁護を引き受けるかどうか迷うウソクの心理がリアルに伝わってくる。そして、最後に強い正義感が彼を突き動かす姿がストレートに描かれる。その伏線として競技用ヨットを購入したウソクを通して、「金は稼いだけれど、そろそろ別の世界を見たい」という彼の心情をチラリと見せるあたりも心憎い。

さて、こうして始まる裁判。後半は法廷サスペンスの魅力に満ちている。金を稼ぐのがうまいだけに見えたウソクだが、どうしてどうしてかなりの切れ者であることがわかる。意表を突いた作戦で、あの手この手で被告を弁護する。

彼の主張は、民主主義国家の裁判では当たり前のもの。しかし、当時の韓国では異例だった。そもそも公安絡みのその手の裁判は、最初から有罪が確実。弁護士は、情状酌量などで刑を少しでも軽くするのが仕事だった。

そんな中、ウソクは拷問による自白は無効だと堂々と主張して戦う。検察官はもちろん、裁判官も、同じ弁護側も味方してくれない。また、悪役の設定も効果的だ。公安警察のチャ・ドンヨン(クァク・ドウォン)の憎々しさときたらメガトン級。そんな中、一人で奮闘するウソクの活躍に自然に心が躍るのである。

そんなウソク自身や家族に対して、当局による危険な魔の手が忍び寄る……というあたりの展開も、この手の法廷サスペンスの定番としてきっちり押さえられている。

そして法廷シーンの合間には、ジヌに加えられたおぞましい拷問シーンを挟み込む。思わず目を背けたくなる場面の連続だが、こうして当時の権力の非道さを真正面からあぶりだすことで、社会派映画の要素をきちんとドラマに入れ込む。ジヌ役を演じたアイドルグループ「ZE:A」のイム・シワンの好演も見ものだ。

法廷サスペンスの魅力の一つは、何といっても土壇場の逆転劇にある。本作にもそれが用意されている。重要な証人の登場により、観客は「ついにやったぜ!」と快哉を叫びたくなるだろう。だが、事態はそう簡単なものではなかった。

終盤、いったんは権力の底知れぬ恐ろしさを強烈に見せつける。その後、今度はウソクの新たな戦いを描く。そして、そこから始まる大きなうねりをケレン味たっぶりに描いて、観客をまたしても感動の渦に引き込むのである。

このドラマのモチーフになったのは、青年弁護士時代のノ・ムヒョン元大統領が弁護を担当した重大冤罪事件「プリム事件」だという。実際の出来事をもとにしつつも、ここまで観応えあるエンタメに仕上げるのだから大したものだ。

社会派のドラマをエンターティメント性タップリに描くといえば、同じくソン・ガンホ主演「タクシー運転手 約束は海を越えて」をはじめ韓国映画お得意のパターンだけに、面白くなるのも当たり前。そして何よりも、やっぱり「ソン・ガンホ映画にハズレなし」なのである。

◆「弁護人」(THE ATTORNEY)
(2013年 韓国)(上映時間2時間7分)
監督:ヤン・ウソク
出演:ソン・ガンホ、イム・シワン、キム・ヨンエ、クァク・ドウォン、ソン・ヨンチャン、チョン・ウォンジュン、イ・ハンナ、シム・ヒソプ、リュ・スヨン、イ・ソンミン、オ・ダルス
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