映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「もみの家」

「もみの家」
2020年6月8日(月)新宿武蔵野館にて。午前10時45分より鑑賞(スクリーン3/C-5)。

~再生する少女を富山の美しい自然の中で描く。俳優陣の演技も出色

再開後の映画館は、三密対策として前後左右一席ずつ空けて座席を販売しているところが多い。鑑賞する側としてはゆっくり落ち着いて観られるわけだが、はたしてそれで経営は大丈夫なのか?再開したはいいが、早晩立ち行かなくなるようなことはないのか?心配の種は尽きない。

そんな中、久々に出かけた新宿武蔵野館も前後左右一席ずつ空けての販売。しかも、平日の午前中ということもあって観客は少ない。それを観てますます心配になったのだが、心配したところで何ができるわけでもない。

さて、鑑賞したのは「もみの家」(2020年 日本)。3月20日に公開になったものの、その後映画館が閉まってなかなか観にいけなかった作品である。武蔵野館では11日までの上映と聞き慌てて出かけた次第。

映画の冒頭。学校の教室が映る。だが、そこに主人公の本田彩花(南沙良)はいない。彼女は半年も不登校が続いているのだ。まもなく彩花は心配する母親(渡辺真起子)に連れられて、富山の「もみの家」という施設に行く。そこは、佐藤泰利(緒形直人)と妻の恵(田中美里)が、問題を抱えた若者たちを受け入れて自立を支援する施設だった。見知らぬ寮生たちとの共同生活に戸惑いつつ、彩花は様々なことを経験していく……。

不登校の16歳の少女の成長を描くドラマである。ストーリー自体は目新しくはない。ステレオタイプと言ってもいいかもしれない。だが、それでも最後まで目が離せなかった。

その理由の一つは美しい自然描写にある。もみの家では、若者たちが稲作などの農作業を行う。それは当然ながら豊かな自然に包まれた環境下での作業だ。そうした四季の移ろいなどを丁寧に描写していく。収穫された農産物やそれを使った料理などもビビッドに映し出される。彩花が好意を持つOB青年と一緒に見る風景も、筆舌に尽くしがたい美しさだ。それらに包まれて彩花の心が解けていくのが、ごく自然に感じられるのである。

坂本欣弘監督は、本作のロケ地である富山が故郷。前作「真白の恋」も富山が舞台のドラマだっただけに、富山の美しさを知り尽くしているのだろう。だからこそ、これほどの映像が撮れたのだと思う。

また、坂本監督は自然を丁寧に描くだけではない。登場人物の何気ない日常に加え、彩花が遭遇する様々な出来事も丁寧な筆致で描写する。先ほど述べたOB青年との触れ合いと別れ、もみの家の若者たちとの交流などである。そんな中でも祭りの獅子舞は、ドラマの大きなハイライトだ。佐藤に背中を押されて、彩花は初めての獅子舞にチャレンジする。それを通して地元の老女(佐々木すみ江)と交流を深める。そこから自身の母との関係にも思いを致すことになる。

さらに終盤にはより大きな出来事が起きる。死と生をめぐる2つのエピソードだ。それを目の当たりにして、彩花は確実に変わっていく。その変化も素直に受け止められた。

この手のドラマにありがちな説教臭さは本作にはない。彩花の周囲の人物は彼女の話をよく聴き、ヒントになるようなことをポツリと言う。まあ、実際のところ、あれほど善人ばかりが登場して優しい態度で彩花に接するのは、非現実的に思えないこともないのだが、それを意識させないのが本作の魅力だろう。

特にもみの家を運営する佐藤夫妻。最初は「あんな良い人たち、いないよなあ~」と思ったのだが、演じる緒形直人田中美里の圧倒的な存在感が、それを忘れさせてくれる。2人とも全身から温かさが感じられる懐の深い演技だ。もみの家の「もみ」とは、固い殻を被った脱穀前の稲の実のこと。「時間をかけて、その固い殻を破る手助けをする」という佐藤の発言を体現するような2人の演技だった。

彩花の母親役の渡辺真起子をはじめ、菅原大吉、佐々木すみ江などのベテラン俳優たちも味のある演技を見せている。ちなみに、テレビドラマや映画で名脇役として活躍した佐々木すみ江にとって、本作が遺作となった。

そして、何といっても忘れてはならないのが、彩花を演じた南沙良である。吃音の女の子の成長を繊細に演じた「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」で数々の新人賞を受賞。自分的にも、若手注目女優の最上位に入る存在だが、今回も素晴らしい演技を見せている。最初は暗い表情の彩花の心が少しずつほぐれ、キラキラした笑顔を見せるまでを瑞々しく、そして繊細に演じている。

特に印象的なのは、ある人物が亡くなり、その家に行って何度もチャイムを押すシーン。絶対に出てくることはないのに、それでもチャイムを押し続ける悲痛な表情を見ていると、こちらも心が痛くなってきた。また、その後に生命の誕生に立ち会った時の驚きと感動の表情も忘れ難い。あのシーンがあるからこそ、その後の彼女の成長を示すシーンが説得力を持ってくるのである。今後も大注目の女優です。

エンドロールに流れる「羊毛とおはな」の曲も心地よく、清々しい気持ちで映画館を後にした。

彩花の不登校はいじめによるものではなく、「居心地の悪さ」「息苦しさ」を感じてのもの。案外こういう子が多いのかもしれない。いや、このコロナ禍の中、大人だって些細なことから心がささくれ立ったり、傷ついたりしている人も多いのではないか。そんな人たちも、彩花と一緒に富山の自然の中でリフレッシュできそうな映画である。

 

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◆「もみの家」
(2020年 日本)(上映時間1時間45分)
監督:坂本欣弘
出演:南沙良渡辺真起子二階堂智、菅原大吉、佐々木すみ江、島丈明、上原一翔、二見悠、金澤美穂、中田青渚、中村蒼田中美里緒形直人
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.mominoie.jp/