映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「15年後のラブソング」

15年後のラブソング」
2020年6月14日(日)新宿ピカデリーにて。午後3時より鑑賞(スクリーン6/G-8)

~人生の曲がり角に立つ女性の前に現れたダメダメな元ロック歌手

映画館が再開されて、ぼちぼち新作も公開され始めたこの頃。そんな中の1本が「15年後のラブソング」(JULIET, NAKED)(2018年 アメリカ・イギリス)。最初に邦題を見た時に「何だかありがちなラブストーリーっぽいな」と思ったのだが、イーサン・ホーク出演と聞いて俄然食指が動いた。しかも、原作は「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」の原作者で脚本も手がけるニック・ホーンビィだ(今回は脚本は担当していないが)。これは観ない手はない。

冒頭、あるサイトの動画が映る。ダンカン(クリス・オダウド)という男が、90年代に表舞台から姿を消したロック歌手タッカー・クロウ(イーサン・ホーク)について、自身が運営するファンサイトで熱く語る動画だ。

このダンカンとともに、イギリスの港町サンドクリフに暮らすのがアニー(ローズ・バーン)という女性。2人は付き合って15年になる恋人同士だが、長年一緒に暮らすうちに不満が募り、ギクシャクした状態にある。特にタッカー・クロウに対するダンカンの異常な執着ぶりがアニーを苛立たせる。

そんな中、タッカー・クロウに関することで口論になったアニーは、ダンカンが運営するファンサイトにタッカーの曲を酷評するコメントを投稿する。すると、なんとアニーのもとにタッカー本人からメールが届いたのだ。これをきっかけに、2人はメールのやり取りをするようになる。

というわけで、3人の男女の三角関係を描いたコメディータッチのラブストーリーである。ただし、その3人が人生に疲れ、岐路に立つ男女だというのがミソ。そこには、若者たちのラブストーリーにはない哀切と深い味わいが存在する。しかも、この映画、自分的に大好物のダメダメ人間の映画でもあるのだ。

ダメダメ人間の一人目は、言うまでもなくアニーの恋人ダンカン。大学の教員をしている彼は、能天気にクロウ漬けの日々を送っているオタクだ。そしてアニーとの関係がグタグダなのに、これといった修復の努力もせず(「ごめん。言い過ぎた」などと謝りはするのだが……)、それどころか職場の同僚の若い女性と不倫までしてしまう。そのことがきっかけで、2人は別れてしまうのである。

そしてもう一人、ダメダメ人間がいる。元ロック歌手のタッカー・クロウだ。彼にはかつての無節操な恋愛遍歴により、たくさんの元妻と子供が存在していた。そして今は、アメリカの片田舎で元妻の自宅のガレージに間借りしている始末。農園でトマト作りをしているというが、それも仕事と呼べるほどのものではない。

そんな2人の間で揺れ動くアニー。30代後半の彼女は、父が亡くなったため、とりあえずその後を継いで町の博物館の責任者をしている。同性愛者の妹は、とっかえひっかえ相手を変えているし、何よりも恋人ダンカンとの関係はグダグダだ。そこにはアニーが「子供を持たない」選択をしたことも、大きく影響している。いわば袋小路に入り込んだ人生といえるだろう。

ジェシー・ペレッツ監督(レモンヘッズというバンドの元メンバーらしい)は、そんな3人の男女の人物の迷いをコミカルに、そして小気味よく描写する。特にタイプが違うダメダメな2人の男の描写が秀逸だ。さらに、2人に翻弄されるアニーの揺れ動く心理もリアルに描いている。

ドラマの転機は、クロウがアメリカからロンドンに飛んでくることで訪れる。ロンドンで暮らす娘が出産したため(つまり孫ができたため)、幼い息子とともに会いに来たのだ。当然ながら、彼はメール相手のアニーと会おうとする。だが、なんとその直前に心臓発作で倒れてしまう。

この時のクロウの病室での光景が傑作だ。アニーだけでなく、なぜかたくさんの元妻や子供たちが大集合して、大騒動を巻き起こすという爆笑のシーン。そして、いかにクロウがデタラメでダメダメな人生を送ってきたかを象徴する場面でもある。

その後もクロウとアニーの関係は紆余曲折を経る。さすがに若者の恋のように直線的に燃え上がったりはしない。これまでの人生で背負ってきたものがあるだけに、何かと思い悩み、前に進んだかと思うと一歩引く。眼前に憧れのスターが出現したダンカンも、そこに絡んできて複雑な様相を呈す。

そんな中、終盤には心温まる素敵なシーンが待っている。人生で一歩を踏み出すことの大切さをアニーに痛感させるとともに、タッカー・クロウの変化も印象付けるシーンだ。また、その後にはタッカーの心の傷も明かされる。

あと味の良いラストにも好感が持てた。単にアニーの恋の行方に落とし前をつけるのではなく、彼女の人生の生き直しを強く印象付けたところが秀逸。その上で、さりげなくタッカーとの今後の関係をチラリと示す。

「ハイ・フィデリティ」と同様に、音楽を偏愛する(あるいはかつて偏愛した)人物が登場するドラマだけに、登場する楽曲はどれも素晴らしい。そんな中でも、イーサン・ホークが披露する温かみのある歌声が絶品(ザ・キンクスの「ウォータールー・サンセット」を歌う)。いやいや歌声のみならず、その立ち居振る舞いはまさに消え去ったロック歌手そのもの。まさにハマリ役だろう。

アニー役のローズ・バーンも魅力的だ。どこにでもいそうな普通の女性でありながら、とってもキュート! 揺れ動くアニーの心理もきっちりと表現している。ダンカン役のクリス・オダウドのダメダメさ、そしてクロウの幼い息子役のアジー・ロバートソン君の可愛らしさもまた本作の良い味になっている。

人生の曲がり角に立った一人の女性が、ようやくありのままの自分を取り戻すまでを描いたドラマ。人生の悲哀を漂わせつつ、楽しく笑って、温かな気持ちになれるはず。

ちなみに、エンドロールには後日談として、オープニングタイトルと対になる動画が流されるのでお見逃しなく。あれはどう考えてもダンカンの嫉妬だよなぁ~。

 

◆「15年後のラブソング」(JULIET, NAKED)
(2018年 アメリカ・イギリス)(上映時間1時間37分)
監督:ジェシー・ペレッツ
出演:ローズ・バーンイーサン・ホーク、クリス・オダウド、アジー・ロバートソン、リリー・ブレイジャー、アヨーラ・スマート、デニース・ゴフ、フィル・デイビス
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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