映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「悪の偶像」

「悪の偶像」
2020年6月29日(月)シネマート新宿にて。午前9時30分の回(スクリーン1/E-13)。

~加害者の父と被害者の父が追う謎の女。実力派俳優2人による予測不能の怪作

韓国映画に注目するようになったきっかけは、1999年日本公開の「八月のクリスマス」だった。不治の病を抱えた写真館の青年と駐車違反取り締まり員の女性のラブストーリーで、静謐なタッチが心に染みる作品だった。韓国映画に対してそれまで抱いていたやたらに熱いイメージを覆され、その奥深さを知ることになったのだ。

その「八月のクリスマス」で主演を務めていたハン・ソッキュは、その後「シュリ」「ベルリンファイル」などに出演し、韓国を代表する実力派俳優となっている。

そして、同じく韓国の実力派俳優として知られるのが、ソル・ギョングである。「オアシス」「殺人者の記憶法」など数々の作品で、多彩な役柄を演じてきた。

その2人が共演するとあれば、これは観に行かないわけにはいくまい。というわけで、「悪の偶像」(IDOL)(2019年 韓国)を鑑賞した。

知事選の最有力候補とされる市議会議員のク・ミョンフェ(ハン・ソッキュ)。ある日、息子のヨハンが飲酒運転中に人を轢き殺す。ミョンフェは、隠蔽工作を行い息子の罪を軽くしようとする。だが、被害者プナンは新婚旅行中で、一緒にいたはずの新妻リョナ(チョン・ウヒ)が行方をくらましていることが判明し、ミョンフェは彼女の行方を追い始める。一方、プナンの父で工具店を営むユ・ジュンシク(ソル・ギョング)は、リョナが妊娠していると知り、何とかして彼女を探し出そうとするのだが……。

簡単に言えば、被害者の父と加害者の父が、一人の女性を探すドラマである。とはいえ、一筋縄ではいかない。相当に入り組んだ複雑極まりない物語なのだ。

そもそもこの手の設定なら、ミョンフェは丸ごと罪を隠蔽しようとするはず。しかし、本作では轢き逃げ自体は隠さずに、息子を自首させる。その代わり、死体遺棄を隠蔽して罪を軽くしようとするのだ。

そんなふうに、ありきたりの展開に突入せず、予想もできない出来事を次々に起こすドラマである。

序盤の展開からすれば、単純に事件の真相を探るドラマのように思える。確かにミョンフェとジュンシク、刑事や弁護士などが絡んで、轢き逃げと死体遺棄にまつわるあれこれが探られる。そして、姿を消した新妻リョナの行方探しも……。

だが、やがて全く違う要素が飛び込んでくる。実は被害者のプナンには知的障害があり、姿を消した嫁のリョナはジュンシクが連れてきた不法滞在の中国人だったのだ。しかも、彼女は過酷な運命の中、自分の身を守るためなら何でもする凄まじい生存本能を発揮する女だった。そんな彼女を巡って様々な人物が出入りし、ドラマは混沌とした様相を見せていく。

本作には、ノワール、サスペンス、さらにはホラー映画などの要素もある。猟奇的殺人、監禁、暴行などの犯罪をはじめ目を背けたくなるような「悪」もある。自身を守るために暴走するミョンフェと、息子と嫁を愛するがゆえに思わぬ運命に翻弄されるジュンシクの葛藤も描かれる。

それにしても、何という複雑なプロットなのか。「次はこうなるはず」という予想をことごとく覆し、様々な謎をばらまいていく。それらに関する詳細な説明もないから、観客は自分で想像力を膨らませるしかない。誰が悪人で、誰が善人なのかもまったくわからないままドラマが進む。

伏線の張り方も周到だ。実は、劇中でどうでもいいような人物が登場するのが気になったのだが、それもあとになって意味のあることなのだと理解できた。

本作を語る時には、その映像について語らないわけにはいかないだろう。暗く重たいムードが映画全体を支配し、防犯カメラやドライブレコーダーの映像なども効果的に使われてスリルを高める。意表を突いたカメラアングルや、いかにも意味ありげなショットを連発するなど、全てにおいて凝りに凝った映像が展開する。イ・スジン監督の語り口が冴えわたる。

そして迎える終盤、その展開にも驚かされた。え? テロ? どうして? あっ気に取られているうちに、さらなる驚愕のシーンが訪れる。これまた予想外の展開。ミョンフェとジュンシク、そしてリョナが壮絶な生き様を見せつける。

ラストも謎だ。あの演説はいったい何を意味するのか? とても観終わってスッキリするようなエンディンクではない。

うーむ。これほど複雑極まりない筋書きには賛否両論ありそうだ。細かな説明などもないから、ますます謎が謎を呼ぶ。狐につままれた気分になる人もいそうである。なので途中で「もう少し脚本を整理した方が良いのでは?」と思ったりもしたのだが、たぶんイ・スジン監督はあえてこういう映画にしたのだろうな。賛否両論を呼ぶこと自体も監督の狙いなのかもしれない。

ちなみに、本作ではリピーター割引きのキャンペーンが行われている。それもむべなるかな。一度観ただけじゃわからんですよ。もう一度観てもわからないかも!?

そんな中、無条件に堪能できるのが、やはりハン・ソッキュソル・ギョングの実力派2人の演技である。単純に善人・悪人にくくることのできない複雑なキャラ、心に抱える様々な葛藤、さらには時に爆発する狂気などを説得力を持って演じている。これだけ複雑で謎だらけの映画なのに、最後まで飽きることなく見られたのは、この2人の演技のなせるワザ。

さらに、新妻リョナ役のチョン・ウヒがこれまた凄い演技。あくなき生存本能と、底なしの得体の知れなさを体現したその演技は、背筋ゾクゾクものだった。

 

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◆「悪の偶像」(IDOL)
(2019年 韓国)(上映時間2時間24分)
監督・脚本:イ・スジン
出演:ハン・ソッキュソル・ギョング、チョン・ウヒ、ユ・スンモク、チョ・ビョンギュ、キム・ジェファ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://akuno-guzo.com/