映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「MOTHER マザー」

「MOTHER マザー」
2020年7月3日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前10時より鑑賞(スクリーン5/J-13)

~安易な理解も共感も拒否するモンスター母と息子の不可思議な絆

2018年公開の「日日是好日」は、茶道教室を舞台にした心温まるほのぼのとしたドラマ。その大森立嗣監督の新作映画だというので、「MOTHER マザー」(2020年 日本)を観に行こうとしている皆さん。ちょっとお待ちを。本作はまったくタイプの違う映画です。

なにせ前衛舞踏家で俳優の麿赤児を父に持ち、俳優の大森南朋の兄である大森監督。過去のフィルモグラフィを見ると、「ゲルマニウムの夜」「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」「さよなら渓谷」「光」など、かなり刺激的でエッジの効いた作品も多い。

「MOTHER マザー」は、実際に起きた少年による祖父母殺害事件をモチーフにした母子のドラマだ。その母子とは、シングルマザーの秋子(長澤まさみ)と息子の周平(幼年期は郡司翔、少年期は奥平大兼)。秋子は男にだらしがなく、その日暮らしの生活を送っている。

冒頭近くで、金に困った秋子は周平を連れて実家にやって来る。両親に金を借りようとするが、度重なる借金に愛想を尽かされ追い返されてしまう。その時の秋子の態度が醜悪だ。両親や妹に悪態をつき、全部お前らが悪いという態度に終始する。そうかと思えば一転して媚を売って金をせしめようとする。このシーンを観ただけで、とても秋子に共感などできなくなる。

その後、秋子はゲームセンターでホストの遼(阿部サダヲ)と出会い、意気投合する。周平を学校にも通わせず、一人でアパートに残したまま、遼と遊びまわる。周平は電気もガスも止められた部屋で秋子の帰りを待ち続ける。

秋子のモンスター母ぶりは止まるところを知らない。帰る金がないと滞在先から周平に送金を求め、ようやく帰ってきたと思ったら、遼とともにある人物に濡れぎぬを着せて恐喝しようとする。挙句が相手にケガを負わせて、遼と周平と逃亡生活を送るハメになる。

こうした設定のドラマでは、往々にして凄まじい母親に翻弄される息子に同情を寄せ、その視点から観客の涙を誘おうとすることも多い。だが、大森監督はそんなことはしない。冷静な視点で、秋子のモンスターぶりをリアルすぎるほどリアルに描く。

また、秋子がいかにしてモンスター母になったのかについても、ほとんど語られない。家族を罵る秋子だが、家族が彼女を追いこんだようにはとても思えない。チラリと出てくる周平の実父も悪人には見えない。もしかして秋子は生まれついてのモンスターなのか!? そんなことさえ思わせる。そのため観ていて腹立たしくなってくるのである。

というわけで、当然秋子に共感などできないわけだが、それならば周平に共感できるのか。実は後半で、秋子と成長した周平、そして新たに誕生した幼い妹の冬華(浅田芭路)はホームレス同然の生活を送るようになる。そこに福祉の手が差し伸べられる。福祉施設の職員・高橋亜矢夏帆)は周平と交流を深める。

そこで周平は秋子と決別し、新たな人生を歩むことも可能だった。だが、彼は結局秋子から離れられず、恐ろしい事件を引き起こすのだ。これでは、周平に共感しろと言う方が無理だろう。

誰にも共感できずに、腹立たしささえ覚えるような場面が多いこの映画。にもかかわらず最後まで見入ってしまった。それはモンスター母を演じた長澤まさみらキャストの演技と大森立嗣監督の確かな描写力のおかげだろう。

特に長澤は世間的には泣きわめき、悪態をつく悪女ぶりが注目されそうだが、同時に孤独を抱えて男がいなくては生きていけず、自分ではどうしようもない転落人生を歩む秋子のもの悲しさを感じさせる演技が絶品だった。

そういえば、是枝裕和監督の「海街diary」で姉妹を演じた長澤と夏帆が、こういう形で共演するというのも興味深いところ。ついでに「菊とギロチン」で個性的なアナキストを演じた荒巻全紀が、長澤と堂々と渡り合っているのも興味深かった。

本作の大きなテーマは、その秋子と周平の不可思議な関係性にある。いったいなぜ、周平は秋子と離れられなかったのか。本作の終盤で、事件後に秋子や周平と面会した弁護士が「共依存」という言葉を口にする。ただし、その中身は複雑怪奇で、そう単純に割り切れるものでもないだろう。

秋子は幼い頃から周平を放置し、悪事に加担させ、激しく罵り、時には暴力も振るう。その一方で優しい顔も見せ、「なめるように育ててきた」と溺愛の情を示し、成長してからは周平に近づいてきた亜矢に嫉妬にも似た感情を示す。

そんな秋子と長年苦労を共にするうちに、周平との間に理屈では測れない絆のようなものが生まれたようだ。そもそも親子の絆自体が理屈など超えたものなのかもしれない。とはいえ、それがああいう形でしか結べなかった絆だというのが、何とも悲しくやるせないのではあるのだが。

いずれにしても、そんな2人の絆について大森監督は、訳知り顔に断定的な描き方はしていない。わからないこともそのまま提示し、観客それぞれの思考に委ねている。それもまた大森監督らしいところだと思う。

ラストでは魂の抜けたような秋子の手を亜矢が取る。様々な思いが湧き上がる余韻の残るシーンである。

本作のプロデューサーは、「新聞記者」「宮本から君へ」などの話題作を手がけた「スターサンズ」の河村光庸。過去作同様に本作も、口当たりの良い作品やエンタメ性の高い作品が多い最近の日本映画には珍しく、かなりエッジの効いた作品といえるだろう。

社会の底辺でうごめく人々を描いた点で、社会性のある作品と見ることもできる本作だが、個人的にはむしろ人間存在の愚かさや哀れさ、そして不可思議さが伝わってくる作品だった。観終わってしばらくの間、苦い感情が消えなかった。

 

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◆「MOTHER マザー」
(2020年 日本)(上映時間2時間6分)
監督:大森立嗣
出演:長澤まさみ阿部サダヲ、奥平大兼、夏帆皆川猿時、仲野太賀、土村芳、荒巻全紀、大西信満、郡司翔、浅田芭路、木野花
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://mother2020.jp/