映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ライド・ライク・ア・ガール」

「ライド・ライク・ア・ガール」
2020年7月19日(日)池袋HUMAXシネマズにて。午後2時45分(シネマ2/G-8)。

~オーストラリアで偉業を達成した女性騎手の人生

この日、フランソワ・オゾン監督の「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」を池袋に観に行こうとしたのである。だが、掃除に時間を取られて間に合わなくなってしまった。仕方がない。他に池袋で何か面白い映画はないものか。調べた結果たどり着いたのが「ライド・ライク・ア・ガール」(RIDE LIKE A GIRL)(2019年 オーストラリア)。映画サイトの映画.comで高評価だったこともあり、足を運んでみた次第。

オーストラリアの女性騎手ミシェル・ペインの伝記ドラマだ。彼女は、オーストラリア競馬で最も栄誉があるといわれるレース“メルボルンカップ”で2015年に女性初の勝利騎手となった。このレースの距離は3200メートル。日本でいえば春の天皇賞というところか。ただし、その盛り上がりを見るとダービーや有馬記念クラスで、とにかく国民的な関心事のレースのようだ。

映画の序盤は、そんなミシェル・ペインの幼少時が描かれる。ミシェルは10人兄弟の末娘として生まれるが、生後半年の頃に交通事故で母を亡くす。それでも父や兄、姉たちに囲まれて健やかに成長する。

いや、健やかに成長するなどという生易しいものではない。例えば、その食事風景はまるで戦場。上を下への大騒ぎだ。そんな中、ミシェルが母恋しさを募らせる場面もある。シャベルを手に持ち、「ママを掘り返す」という姿は何とも切ないものだ。そんな娘に父は優しく寄り添う。2人の共通の話題は過去のメルボルンカップの勝利馬や勝利騎手。

といっても父親はただの競馬好きではない。ペイン家は調教師の父をはじめ兄や姉のほとんどが騎手という競馬一家だったのだ。だから、ミシェルが騎手を目指すようになるのは自然な流れだったのである。

続いてドラマは成長したミシェルを描く。彼女は念願通り騎手としてデビューする。だが、父は数少ない自分の管理馬に騎乗させるのみで、他の調教師の馬に乗ることを許さなかった。実は、そこには落馬で亡くなったミシェルの姉の存在が大きく影響していたのだ。それでもミシェルは父に反発する。

まもなくミシェルは父から自立して、自ら大きな競馬場へ出かけ、調教師たちに猛アピールする。だが、彼女をレースはおろか、調教にも乗せようという調教師はなかなか現れない。なぜなら、競馬の世界はまだまだ男社会で、女性が活躍するには大きな壁が立ちはだかっていたのだ。調教師の中には「ヤラせてくれれば乗せてやる」などというセクハラ男までいるのである。

とくれば、もうおわかりだろう。本作は単なる偉人伝ではない。主人公と父親との確執と絆のドラマであり、男社会の中で数々の壁を乗り越えて奮闘する女性の闘いのドラマでもある。この映画のレイチェル・グリフィス監督も、そうした面に惹かれて映画化を推進したのかもしれない。ちなみに、グリフィス監督は、女優として「ほんとうのジャクリーヌ・デュプレ」(1998年)でアカデミー助演女優賞にノミネートされたこともあり、本作が長編初監督作品となる。

ところで、日本の競馬界は圧倒的な男社会だ。女性騎手も数少ない(現状JRAには藤田菜七子騎手のみ、地方競馬も少数)。それに比べて海外では女性も活躍しているという印象があるのだが、現実には「日本に比べればまだマシ」という程度なのかもしれない。それゆえ、ミシェルの奮闘がなおさら輝いて見える。

父との確執を抱えたまま、思うように騎乗の機会もないミシェル。だが、そこで父が救いの手を差し伸べる。旧知の女性にミシェルのマネージャー役を依頼するのだ。それをきっかけに、ミシェルは目覚ましい活躍を見せるようになる。競馬場から競馬場を渡り歩き、G1レースでの騎乗のために無理な減量までする。

幼いころの夢に向かって、次々に襲い来る困難をものともせずに、猪突猛進し続けるミシェル。そこにはスポ根ドラマ的な要素もある。体にラップを巻き、厚着をしてヒーターの効いた車に乗り込む彼女の姿には鬼気迫るものがある。

やがて彼女にとって最大の困難が訪れる。落馬による負傷だ。それも生半可な負傷ではない。騎手生命を失ってもおかしくない深刻なケガだったのだ。だが、それでもまた彼女は立ち上がる。

ミシェルを演じるのは、オーストラリア出身で、「ベッドタイム・ストーリー」(2008年)、「ハクソー・リッジ」(2016年)などハリウッド映画でも活躍するテリーサ・パーマー。その半端でない猛進ぶりが観る者の心を沸き立たせる。

そんな彼女と仲違いしつつも見守る父親役には、「ピアノ・レッスン」「ジェラシック・パーク」などで知られるベテラン俳優のサム・ニール。セリフ以外のところで、娘に対する様々な感情を表現する懐の深い演技が印象的だ。

ケガから奇跡的な復活を遂げたミシェルは、ある一頭の馬と出会う。それをきっかけに、メルボルンカップへの道が開ける。もちろんそこにもさらなる困難が待ち受ける。だが、それでも彼女は前に突き進む。

クライマックスはもちろんメルボルンカップだ。彼女のマネージャーや元恩師のシスターが、レース前に馬券を買うシーンはユーモアたっぷり。常にミシェルと行動を共にするダウン症の兄もいい味を出している。

そしていよいよレースがスタート。結果はわかっているわけだが、それでも迫力満点で手に汗握る展開だ。ミシェルが勝利した瞬間は、文句なしにカタルシスが味わえる。歓喜の後で、一人で控室で、どう喜びを表現したらいいかわからないミシェルの姿も印象深い。

グリフィス監督の演出は、これといったヒネリのない正攻法の演出。だが、それが本作には合っていると思う。何しろ実際の主人公の人生がスゴすぎるのだ。落馬回数も数知れず、全身何十カ所も骨折を経験しているというのだから。そんな人生をバランスの良い脚本とともに、ベテラン監督を思わせる手練れの技で描き、観客をミシェルに感情移入させる。馬やレースをとらえた映像も出色だ。

競馬の世界を描いたドラマだが、予備知識はほとんど必要ない。男社会の中で倒れても何度も立ち上がり、ついに栄冠を手にするミシェルの姿を通して、女性ならずとも多くの人々が勇気をもらえるのではないか。

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◆「ライド・ライク・ア・ガール」(RIDE LIKE A GIRL)
(2019年 オーストラリア)(上映時間1時間38分)
監督・製作:レイチェル・グリフィス
出演:テリーサ・パーマーサム・ニールサリヴァン・ステイプルトン、スティーヴィー・ペイン、ジェネヴィーヴ・モリス、マグダ・ズバンスキー
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://ride-like-a-girl.jp/