映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「バービー」

「バービー」
2020年7月25日(土)GYAO!にて無料鑑賞

~衝撃的な実話をもとに社会の闇をとらえた、あまりにも残酷で切ないドラマ

韓国系フランス人ウニー・ルコント監督の自伝的映画「冬の小鳥」(2009年)を観た時にはぶっ飛んだ。父に捨てられて養護施設に預けられる少女を演じた主演のキム・セロンの存在感が圧倒的だったのだ。まさに天才子役!

その後も、ウォンビン主演の「アジョシ」(2010年)、ペ・ドゥナ主演の「私の少女」(2014年)などで見事な演技を披露してきた彼女だが、そんな中、個人的に今まで全くノーマークだったのが、「バービー」(BARBIE)(2011年 韓国)という作品。GYAO!で見つけて鑑賞してみた。ちなみに本作は日本では劇場未公開のようだ。

舞台は韓国の地方の港町。知的障害を抱える父マンウと幼い妹スンジャ(キム・アロン)の世話をしながら民宿を切り盛りする少女スニョン(キム・セロン)。ある日、彼女たちのもとに叔父のマンテクが、スニョンを養女にしたいというアメリカ人のスティーブとその娘バービーを連れてくる。マンテクは姪の養子縁組をまとめて金を手にするつもりらしかった。以前からアメリカに憧れていたスンジャは、姉でなく自分が養女になりたいと言い出すが、体が弱いからと聞き入れられない。そんな中、スニョンとバービーは次第に心を通わせてゆくのだが……。

本作は明らかに、キム・セロンの存在ありきの映画だと思う。貧困の中、母を亡くし、知的障害を持つ父と幼い妹の世話しながら民宿を切り盛りするスニョン。困難な中でも、健気に明るく生きるその姿が、観る者の心をとらえて離さない。一歩間違えばステレオタイプなキャラになりがちだが、彼女が演じることで無理なく感動を誘う。

そして、それとは対照的なのが妹のスンジャだ。現状の生活に耐えられない彼女は、幼いながら何とかして抜け出そうとする。そのためには手段を選ばない。姉が養女になると聞いた彼女は、狡猾にアメリカ人父娘に接近し、自分を売り込もうとする。

驚いたのだが、このスンジャを演じたキム・アロンは、キム・セロンの実の妹だという。そう言われても、にわかには信じられないほど両者のキャラは違う。それが演技のなせる業だとしたら、この子もまた姉同様に相当な技量の子役なのかもしれない(姉と違って、その後は女優活動をしていないようだが)。

スニョンはアメリカ人の娘バービーとすぐに親しくなる。もしも養女になれば彼女とバービーは姉妹になるわけだ。そんな2人の微笑ましい交流が生き生きと描かれる。韓国語と英語のかみ合わない会話ながら、2人の笑顔が多くのことを物語る。

だが、何かがおかしい。韓国から海外に養女に出される子供がたくさんいたという話は、すでに周知の事実である。前述の「冬の小鳥」はまさにそういうお話だ。だから、最初のうちはドラマの展開に特に違和感は持たなかった。

ところが、ドラマの進行とともに何やら不穏な空気がスクリーンを包む。スニョンを養女に迎えたいというアメリカ人のスティーブは、娘のバービーに対して「スニョンと仲良くなるな」と諭す。また、養女の斡旋をする叔父のマンテクの言動も、次第に奇妙に感じられてくる。そして、知的障害を持つ父のマンウは、本能的に娘たちの養女話の危険性を感じ取る。

というわけで、映画の中盤から終盤にかけて、今まさに行われようとしていることが単なる養子縁組ではなく、怖ろしい企みであることが露見する。

だが、スニョンとスンジャはそれをまったく知らない。素直に妹の幸せを願うスニョンと、自分は必ず幸せになると信じ切っているスンジャ。両者の気持ちが、観ているこちらにとって胸苦しくてたまらなくなる。

そんな中、バービーは養子縁組の真相を知り、ある行動を起こそうとする。だが……。

終盤に進むにつれて、ますます重苦しい空気がスクリーンを覆う。何という残酷なドラマなのだろう。それでも最後に、ほんの少しでも希望があるのかもしれない。

しかし、そんな淡い期待は打ち砕かれる。ラストまで救いはない。空港で無邪気にはしゃぐスンジャの姿を見て、いたたまれない気持ちになってしまった。

よくよく考えれば、本作に完全なる悪人はいない。スティーブのやろうとしていることは恐ろしいことだが、その動機は純粋な親心である。それを知っても何もできないバービーは、最後まで葛藤の真っただ中にいる。一見、とんでもないワルに見えるマンテクも、最後の方では心が揺れている。だからこそ、なおさらいたたまれない気持ちになる。

観終わるまで知らなかったのだが、本作は実話がベースになっているのだという。なるほど、だからこそ安直な希望は示せなかったのか。残酷ではあるが、現実にある社会の闇をえぐることこそが、作り手たちの意図であり、それを逃げずに描いたのが本作なのだと思う。

タイトルの「バービー」とはアメリカ人の娘の名であるのと同時に、バービー人形になりたいというスンジャの夢も象徴しているのだろう。それもまた本作の悲しさと切なさを増幅させる。

◆「バービー」(BARBIE)
(2011年 韓国)(上映時間1時間39分)
監督・脚本・編集・出演:イ・サンウ
出演:キム・セロン、キム・アロン、イ・チョニ、キャット・テボ、アール・ジャクソン、チョ・ヨンソク
Amazonプライムビデオほかにて配信中


映画『バービー』予告編