映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アルプススタンドのはしの方」

「アルプススタンドのはしの方」
2020年7月29日(水)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時40分より鑑賞(シネマ3/E-9)。

~「はしの方」の高校生たちが輝きを見せる真っ当で熱い青春ドラマ

はるか昔の高校時代にブラスバンド部にいたことがある。といってもほんの数か月の気の迷いだったのだが、それでも野球部の応援に出かけて演奏をした経験がある。あれはやっぱり燃えますなぁ~。

というわけで、高校野球を応援する生徒たちを描いた映画が「アルプススタンドのはしの方」(2020年 日本)である。第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞に輝いた兵庫県東播磨高校演劇部の名作戯曲が原作。この芝居は今も全国の高校で上演され続けているという。

本作の舞台となるのは、夏の甲子園の一回戦。強豪校と対戦する母校(県立高校)の応援をするために、演劇部員の安田(小野莉奈)と田宮(西本まりん)がやって来る。そこに遅れて、元野球部員の藤野(平井亜門)が来る。さらに、少し離れたところには成績優秀な宮下(中村守里)もいる。だが、彼らはそれぞれに複雑な気持ちを抱え応援に身が入らない……。

本作の特徴は、タイトル通りに「アルプススタンドのはしの方」が主な舞台であること。応援席の真っただ中はほとんど映らず、グラウンドでの試合の様子に至っては一度も映し出されることがない。演劇の舞台という限定空間ゆえの設定なのかもしれないが、それが実に効果的なドラマである。

序盤は安田と田宮の頓珍漢な話で笑いを取る。何しろこの2人ときたら野球をあまり知らないのだ。外野フライで三塁ランナーがタッチアップしてホームに還っても、何のことやらさっぱり。ピントの合わない会話が続く。

そこに元野球部の藤野が来るのだが、それでも大したことを話すわけでもない。基本は他愛もない会話ばかりだ。彼らから少し離れた場所にいる宮下は、見るからに人づきあいが苦手そうで一人で試合を見つめている。

そんな中、厚木先生(目次立樹)が時々回ってきて、「もっと応援しろ!」と彼らを鼓舞する。この厚木先生、まるで漫画のような熱血教師なのだ。「人生は空振り三振だ」と言ったかと思えば「人生は送りバントだ」と言い放ち、喉から血が出るほど声をからして応援する。そんな言動もまた笑いのもととなる。

だが、そんな他愛もない会話の連続を面白おかしく眺めているうちに、次第に高校生たちそれぞれが抱えた苦悩や葛藤がチラリチラリと見え始める。

演劇部の安田は「しょうがない」が口癖で最初から何かを諦めている風。実はそこには本作の冒頭で登場するある出来事があり、そこには田宮が深く関係していた。そのため、2人の間にはモヤモヤしたものがあったのだ。

一方、元野球部の藤野は、下手くそでレギュラーになれないのに必死で練習を続ける矢野という選手をバカにしている。そこには、彼が野球部をやめた動機も関わっているらしい。

また、宮下は吹奏楽部部長の久住(黒木ひかり)に成績で学年1位の座を奪われていた。しかも、宮下が好きな野球部のエースの園田は、どうやら久住とつきあっているらしいと聞いて大ショックを受ける。

そんなふうに主要な人物たちの背負ったものや、現在の心境が浮かび上がる。そして、そんな彼らの様々な思いが交差する中で、それぞれの心が少しずつ変化していく。

その変化を試合経過とダブらせて描くところが面白い。試合そのもののシーンはないのだが、場内アナウンス、打球音、歓声、セリフなどから試合の様子を浮かび上がらせるのだ。そして、終盤になって試合が熱を帯びるにつれて、高校生たちも熱くなっていく。

まあ、結局のところ言っていることは、「あきらめるな」「自分に素直になれ」「努力は人を裏切らない」というような真っ当で熱い青春メッセージなのだが、それを無理に押し付けるのではなく、試合の流れとともにユーモアを交えながらごく自然に伝えるので、鼻につくこともなく素直に受け止められるのである。

最後に描かれる数年後の後日談も面白い。まさかあいつがプロ野球選手になっているとは……。いくらなんでもそれはないでしょう、と思いつつも、ユーモラスで爽やかなラストに思わず微笑んでしまった。

城定秀夫監督の作品を観るのは初めてだが、何でもピンク映画から劇場映画、ビデオ作品など幅広く手掛け、44歳にしてすでに100本以上作品があるらしい。そんなキャリアから何やら職人的なイメージを抱かせるが、この映画においてもそれが十分に感じられる。戯曲の映画化といえば、つい映像的な技巧などを過剰に凝らしたくなるものだが、余計なことをせずに原作の良さをそのまま生かしているように見える。そのあたりが職人監督の真骨頂なのかもしれない。

俳優陣は発展途上の若手俳優が中心。無理に背伸びをせずに、等身大で生き生きと高校生たちを演じていて好感が持てた。2019年に浅草九劇で上演された舞台版にも出演したキャストも多いとのことで、原作の良さもよく理解した演技だったと思う。

本作はスタンドの「はしの方」が舞台になっているだけでなく、登場人物たちも「はしの方」に位置する生徒たちだ。けっしてイケてるヒーローでもヒロインでもない。そんな彼らがキラリと輝きを見せる至極真っ当で熱い青春映画である。それゆえ、リアルな高校生はもとより、かつてあの時代を過ごした多くの人の心にも響くのではないだろうか。75分の小品ながら観応え十分の青春映画の秀作だ。

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◆「アルプススタンドのはしの方」
(2020年 日本)(上映時間1時間15分)
監督:城定秀夫
出演:小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里黒木ひかり、平井珠生、山川琉華、目次立樹
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://alpsnohashi.com/

 

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