映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハニーボーイ」

「ハニーボーイ」
2020年8月10日(月・祝)新宿武蔵野館にて鑑賞(スクリーン1/B-7)。

~“ステージパパ”との関係を描いたシャイア・ラブーフのトラウマ克服映画

シャイア・ラブーフといえば、「トランスフォーマー」シリーズでブレイクして、最近では「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」「ザ・ピーナッツ・バター・ファルコン」などに出演している俳優。そんな彼の自伝的な映画が、「ハニーボーイ」(HONEY BOY)(2019年 アメリカ)である。シャイア・ラブーフ自ら脚本を手掛け、イスラエル出身で、おもにドキュメンタリーを中心に活躍するアルマ・ハレルが監督した。

映画の冒頭、爆音が鳴り響く、そして映る一人の若い男性。あっという間に吹っ飛ばされる。何だこれは?と思ったら、映画の撮影だったのね。そう。これが本作の主人公の俳優・オーティス(ルーカス・ヘッジズ)だ。もちろん、そのモデルはシャイア・ラブーフ自身だろう。

続いて、オーティスの騒乱の日常が、まるで映画のシーンを重ねるようにしてテンポよく描かれる。そこで彼はアルコールに溺れ、飲酒運転で事故を起こしてしまう。更生施設に送られたオーティスは、PTSDの兆候があると診断される。

というわけで、そこからは施設でのオーティスの苦闘の日々が描かれる。カウンセラーに今までの思い出を振り返ってみるように言われ、子ども時代の記憶をたどり始める。だが、その記憶が彼を苦しめ、周囲に対する反発もあってなかなか治療は進まない。

その現在進行形のドラマと並行して描かれるのが、10年前の出来事だ。12歳だったオーティス(ノア・ジュプ)は、“ステージパパ”のジェームズ(シャイア・ラブーフ)と暮らしていた。オーティスはジェームズに常に振り回される日々を送る。

ステージパパやステージママが、子供タレントを振り回すというのは、日本の芸能界でもよく聞く話だ。とはいえ、ジェームズの場合は常軌を逸している。元道化師で前科者のジェームズは、オーティスの稼ぎで暮らしている。にもかかわらず、オーティスを支配し、怒鳴りまくり、時には暴力も振るうのだ。

序盤で、ジェームズがオーティスをからかう場面がある。「オシッコの音が小さい。俺がお前の頃はもっと大きい音がしていた。全部お前の母さんのせいだ」的なことを言うのだ。その言い方からして単なるからかいではなく、イジメである。しかも、そこには離婚したオーティスの実母への恨みつらみが見て取れる。

何しろ、そうやって父親に翻弄されたシャイア・ラブーフ自身が脚本を書き、自ら父親役を演じているのだ。そのリアルさときたら半端ない。「こんなオヤジがいたら、そりゃあPTSDにもなるよなぁ」と無条件に納得させられてしまうのである。

一方、そんな父親に苦しめられるオーティスの心理も、実によく描かれている。鬱陶しくて、怖くて、離れたくて仕方がない父の存在。だが、他に頼る人がいないこともあり、離れるに離れられない。そのどうしようもない気持ちが、手に取るように伝わってくる。

12歳のオーティスを演じるのは「ワンダー 君は太陽」でとびっきり可愛い少年を演じ、「クワイエット・プレイス」にも出演したノア・ジュプ。「ワンダー 君は太陽」の頃に比べればだいぶ大人びてきたが、それでも相変わらずの可愛らしさ。しかも、繊細な演技も披露するから、観ていて切なくなってくる。

ドラマが進むにつれて感心したのは、現在進行形の施設でのドラマと、幼少時代の回想が巧みに組み合わされていることだ。現在進行形のドラマでは、苦闘しながらも周囲のサポートもあり、少しずつ前を向き始める22歳のオーティスが描かれる。一方、回想では同じモーテルに住む隣人の少女(FKAツイッグス)や保護観察官のトムなどとの交流によって、新たな世界を見る12歳のオーティスが描かれる。

幼少時代の回想には、オーティスが出演したドラマも効果的に使われている。また、夢の中の出来事や昔と今をつなぐアイテムとなるニワトリなども、適宜登場させてドラマにメリハリをつける。シャイア・ラブーフ、脚本家としてもなかなかの腕前と見た。

さて、先ほど父親のジェームズのとんでもなさを強調したが、中盤以降はやや違う彼の側面も見え始める。実はジェームズ自身も複雑な家庭で育ち、悲惨な幼少時代を送っていたのだ。また、彼の怒りの源泉には、息子に依存して生きる自身の負い目もあるように感じられる(だからといって息子にあたるんじゃねえよ、とは思うのだが)。

そうした描写によって、ジェームズがただの極悪非道な父親ではないことが伝わってくる。そのことが、ラストでようやく父親と向き合う現在のオーティスの姿を説得力のあるものにしている。幻想的な雰囲気を漂わせたそのシーンには味わいがあり、そこはかとない余韻を残してくれる。

22歳のオーティスを演じたのは、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でアカデミー助演男優賞にノミネートされ注目を集めたルーカス・ヘッジズ。心の傷や苦悩を内に秘めた演技は、派手さはないものの見応えがあった。

アルマ・ハレル監督の演出に関しては、特に光を効果的に使った映像が美しく、それがオーティスの悲しみや苦しみを包み込みかのように感じられ、本作のドラマにふさわしいものだった。また、感情過多に流れない演出にも好感が持てた。

何よりも本作は、シャイア・ラブーフ自身がどうしても描きたかったことなのだろう。そうすることで、自身も過去の傷から立ち直ることができる。そんな強い意志を感じさせる作品だった。

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◆「ハニーボーイ」(HONEY BOY)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間35分)
監督:アルマ・ハレル
出演:ノア・ジュプ、ルーカス・ヘッジズシャイア・ラブーフ、FKAツイッグス、ローラ・サン・ジャコモ、ドリアン・ファム、クリフトン・コリンズ・Jr、ナターシャ・リオンマイカ・モンロー
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/honeyboy/