映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「グッバイ・シングル」

グッバイ・シングル
2020年8月9日(日)GYAO!にて鑑賞

~偽装妊娠を仕掛ける落ち目の女優と少女との交流を笑いとともに

数日前に某メジャーな映画会社のオンライン試写会に参加したのだが、その作品がまだ邦題もついていない状況で、劇場公開が決定しているのかどうかも不明。しかも、詳細を口外しないように要請されているのでまだ詳しいことは書けない。それでも、なかなか味わい深いハートウォーム・コメディーだったので、もしも公開になったらもう一度劇場でちゃんと観て感想を書こうかな、と思っているところです。

そんなわけで、ここ数日は劇場に行っていないこともあり、今回はとりあえず1週間ほど前に動画配信サイトで観た韓国映画の感想を。2018年に日本でも劇場公開された「グッバイ・シングル」(FAMILYHOOD)(2016年 韓国)。公開前に劇場(シネマート新宿)で予告編を観たものの、イマイチ興味が持てなくてそのままになっていたのだが(むしろチープなコメディーとバカにしていたぐらい)、実際に観たら想像していたよりもずっと面白い作品だった。

主人公はトップ女優として活躍してきたジュヨン(キム・ヘス)。しかし、年齢を重ねるにつれて徐々に人気が下がり、若手に押されて賞レースからも脱落、挙句は結婚まで考えた年下の俳優に浮気されてしまう始末。落ち込むジュヨンは自分だけの味方が欲しいと考え、妊娠の計画を練る。ところが、なんと自分では妊娠が難しいことがわかってしまう……。

ここまでは予告編で想像した通りの展開だ。落ち目の女優の偽装妊娠騒動で起きるドタバタを面白おかしく描いたドラマの様相。ところが、そこにもう一つ別の要素が加わる。望まない妊娠をした女子中学生タンジ(キム・ヒョンス)の存在である。

自分では妊娠が難しいとわかったジュヨンは、タンジと知り合ったことから、彼女の子供を養子にしようとする。自宅にタンジを引き取り、2人は一緒に暮らすようになる。そんな中、浮気した元カレに復讐するためジュヨンは妊娠を偽装する。するとそれが世間の注目の的となり、ベビー用品のCMなど新たな仕事が続々と舞い込んでくる。調子に乗って暴走するジュヨンに、長年の友人でスタイリストのピョング(マ・ドンソク)や事務所の社長とスタッフたちは嘘がばれないよう後始末に奔走するのだが……。

なるほど、予告編をもう一度よく観ると、確かに女子中学生のタンジが映っている。「人気女優の偽装妊娠」というネタだけではなかったのね。さすが韓国映画だけに、そのあたりはいろいろと考えているわけですな。

本作では、このジュヨンとタンジの関係性が大きなポイントになっている。子供が欲しいジュヨンとお金が欲しいタンジ。最初は単に利害関係が一致しただけの2人だが、一緒に過ごすうちに次第に心を通わせていく。スターの座を失いかけ恋人に裏切られたジュヨンも孤独だが、冷酷な姉と暮らしこちらも恋人に裏切られたタンジも同じく孤独だったのだ。

ところが、ジュヨンが偽装妊娠を企てて売れっ子になったことから、2人の関係には隙間風が吹き始めて、後半に大きな波乱をもたらす。つまり、本作はジュヨンとタンジの交流と確執のドラマなのだ。

そんなシリアスな人間ドラマを展開しつつも、基本は爆笑コメディーである。何よりも主人公のジュヨンのはじけ方がすごい。スター女優らしいオーラを発散しつつも、39歳になり落ち目の現状に対して我慢ならずジタバタする。メイクも表情も衣装も演技も、カメレオンのように次々に変わるその姿だけで、自然に笑いが生まれてくる。

演じるのはキム・ヘス余貴美子にも、篠原涼子にも、どことなく似ているこの女優、去年あたりどこかで見たと思ったら、「国家が破産する日」の主役の韓国銀行の通貨政策チーム長ではないか! なるほど確かに演技力は十分。しかも、今回はあの時とは全く違うコメディエンヌぶりをいかんなく発揮している。

そんなジュヨンの周囲の人々もなかなかいい味を出している。特にスタイリストのピョング。演じるのは先日「悪人伝」が公開されたばかりのマ・ドンソク。強面のヤクザの親分というハマり過ぎの配役だったが、本作はまったく違う役どころ。他人思いの人情家で、ジュヨンに振り回されながらも、ひたすら彼女を支える姿が胸を打つ。コミカルな演技に加え、スタイリストという役柄だけにファッションも見もの。さらにタンジを演じるキム・ヒョンスはなかなかの美少女なのだ。

終盤は妊娠が偽装だと発覚して追い詰められるジュヨンと、夢をあきらめられないタンジの思いが交錯してハートウォームな展開へと突入する。ジュヨンは自身の過去の言動を反省して、大胆な行動に出る。いわば彼女の人間としての成長をスクリーンに刻むとともに、疑似親子ともいうべき存在になったタンジとの絆を強く印象付ける。

ジュヨンが、ホームレスのような姿で乳母車を押すところから始まる後日談も爆笑もの。彼女やタンジ、ピョングらの新たな人生を示して心地よくドラマを終える。おかげで観終わった観客は、楽しく笑って温かな気持ちになれるはず。

笑いと人間ドラマをバランスよく配して、「観客を必ず満足させるぞ!」という気概が十分の本作。まさしく観客を満足させるツボを心得ている。もちろん細かなところでツッコミどころもあるが、観ている間はあまり意識させないのが見事。韓国映画を侮ってはいけないと再認識した次第です。


【映画 予告編】 グッバイ・シングル

◆「グッバイ・シングル」(FAMILYHOOD)
(2016年 韓国)(上映時間2時間)
監督:キム・テゴン
出演:キム・ヘス、マ・ドンソク、キム・ヒョンス、クァク・シヤン、キム・ヨンゴン、イ・ソンミン、ヒチョル
Amazonプライムビデオほかにて配信中