映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ファヒム パリが見た奇跡」

「ファヒム パリが見た奇跡」
2020年8月19日(水)新宿バルト9にて。午前11時15分より鑑賞(シアター7/C-8)。

~チェスで頂点を目指す難民少年のドラマチックな実話

将棋なら駒の動かし方ぐらいは知っているが、囲碁となればさっぱりだ。ましてチェスなんて、何をどうすればいいのか皆目見当がつかない。

それでも楽しめたのが「ファヒム パリが見た奇跡」(FAHIM)(2019年 フランス)。チェスの世界で頂点を目指す少年の成り上がり物語である。

少年の名はファヒム・モハンマド(アサド・アーメッド)。バングラデシュに暮らす8歳の彼は父とともに母国を離れ、インドに不法入国した後に飛行機でフランス・パリへと渡る。とりあえず家や仕事を見つけ、その後に母やその他の家族を呼び寄せようという計画だった。

序盤では、ファヒムと父による逃避行がスリリングに描かれる。幼いファヒムと母との切ない別れのシーンもある。抱き合ったままいつまでも離れない母子の姿が涙を誘う。

それにしても、なぜ父とファヒムは危険を冒してまで、不法に海外に渡るのか。実はこの映画の冒頭では、バングラデシュダッカでの騒乱の模様が描かれる。また、ファヒムがチェスで大人を負かすシーンも描かれる。さらに、そのファヒムの背後に謎の車が接近するシーンも映し出される。

これらが何を意味するかと言えば、政情不安のバングラデシュで、ファヒムの親族が反政府組織に属していたことに加え、ファヒムがチェスの大会で勝利を重ねていたことへの妬みが原因で、一家は脅迫を受けるようになっていたのだ。そこで、身の危険を感じた父親は、ファヒムを連れてフランス・パリへと脱出したというわけ。

そのあたりは説明不足でややわかりにくいのだが、映画の中盤で父が当局に語るシーンでようやく理解できた。

さて、パリに着いたファヒムと父は赤十字に助けられ、難民センターに身を寄せて難民申請をする。そんな中、ファヒムは学校に通うとともにチェスのクラブへ足を運ぶ。そこで、彼はチェスのトップコーチであるシルヴァン(ジェラール・ドパルデュー)と出会う。

本作の魅力は、ファヒムの奮闘ぶりを生き生きとテンポよく描いたところにある。ユーモアもタップリ盛り込んで、エンタメ性豊かにそれを描く。その中心は、ファヒムとコーチのシルヴァンとの交流だ。

何しろシルヴァンときたら強烈なキャラなのだ。口が悪く怒りっぽい。指導法も破天荒だし、壁をどんどんと叩いてクラブのスタッフのマチルド(イザベル・ナンティ)を怖がらせる。その一方で、マチルドのことが好きなシルヴァンは、彼女の前ではまるで少年のようにもじもじする。そして何よりも、彼は心根は優しくて、生徒思いのコーチなのである。

そんなシルヴァンに対して、最初は反発するファヒムだったが、次第に心を開きチェスの勉強に熱を入れる。同時にこちらも個性派ぞろいの仲間の生徒たちとも交流を深め、切磋琢磨するようになる。

子どもは順応性が高い。ファヒムは、すぐにフランス語を話すようになり、地元の生活に溶け込んでいく。それに対して彼の父親は、依然としてフランス語を理解せず、生活スタイルもバングラにいる時と同じまま。そんな父に対してファヒムは反発を覚える。本作には、そんな父子の心の通い合いと確執のドラマの要素もある。

本作にはスポーツ映画的な面白さもある。そのハイライトはチェスの大会だ。手に汗握る緊迫の対局の様子、仲間たちとの友情、底意地の悪いライバルとのバチバチの火花の飛ばし合い、さらにはシルヴァンと因縁を持つコーチの存在など、様々な要素を入れ込んでドラマを盛り上げる。日常のチェスの勉強風景なども含めて、チェスを知らない人でも楽しめるように配慮されている。

そんなわけでエンタメ映画としての魅力十分の本作だが、そこにはシリアスな社会問題も提示されている。なにせファヒムと父の出国の事情が事情だけに、不法移民や難民の問題がクローズアップされるのだ。

劇中でファヒムの父が難民申請の手続き中に、でたらめな通訳がいい加減な話をするシーンが登場する。何ともお粗末な場面。そして何よりも難民認定のハードルは高い。日本の難民認定の困難さは承知だったが、フランスもこんな状況だったとは。おかげで、ファヒムの父親は難民申請を却下され、身の置き所がなくなり姿を消してしまう。

いわばそれはフランスの難民をめぐる影の部分だろう。ただし、そうした影の部分だけでなく、光の部分も見せる。夜勤と称して父親が姿を消したファヒムに対して、マチルドやシルヴァン、そして生徒たちが温かな手を差し伸べるのだ。

終盤も、エンタメとしての盛り上げには抜かりがない。チェスの学童選手権大会に、クラブの仲間とともに参加しようとするファヒム。だが、協会は難民の参加を認めようとしない。それをシルヴァンが、あの手この手で変えさせようとする。

一方、ファヒムの父親は強制送還の危機を迎える。その脅威をファヒムの選手権とリンクさせて、緊迫の場面を作り出す。はたして、ファヒムはチャンピオンになれるのか。そして父親は強制送還から逃れられるのか。

その先は秘密にしておくが、見事にカタルシスを味合わせてくれる展開だ。そこでは、マチルドの奮闘ぶりが際立つ。「フランスは人権の国なのか、それとも人権宣言をしただけの国なのか」と啖呵を切る彼女の姿こそが、この映画の作り手のメッセージを端的に示しているのかもしれない。

とはいえ冷静に考えれば、あまりにもでき過ぎの感があるのも確か。いやいやあの展開は都合よすぎでしょ、とも思うのだが、実は本作は実話に基づいているという。まさに事実は小説よりも奇なり。そこで最後には実際のファヒムたちの後日談もしっかり盛り込まれ、温かな余韻を残して終わる。

チェス少年の成り上がり物語をエンタメ性豊かに描くとともに、その背景にある難民問題についてもしっかりと言及した作品だ。

ファヒムを演じたアサド・アーメッドは、自身もキャスティングのわずか3ヶ月前にバングラデシュからフランスに渡ってきたとのこと。少年少女役の肝は目の輝きにあるが、この子の目の輝きも半端ではない。それがとても魅力的だ。

シルヴァン役の名優ジェラール・ドパルデュー、マチルド役のイザベル・ナンティの貫禄り演技も見逃せない。

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◆「ファヒム パリが見た奇跡」(FAHIM)
(2019年 フランス)(上映時間1時間47分)
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演:イザベル・ナンティ、ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド、ミザヌル・ラハマン
新宿バルト9ほかにて公開中
ホームページ https://fahim-movie.com/