映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ソワレ」

「ソワレ」
2020年8月28日(金)テアトル新宿にて。午前11時45分より鑑賞(C-11)。

~繊細な心理描写で描く若い2人の逃避行。芋生悠が素晴らしい

この日、夕刻、安倍氏が首相辞任を表明したわけだが、そんなことになるとは知る由もなく、東京・新宿のテアトル新宿へと足を運んだのである。テアトル新宿は、主にインディーズ系の日本映画を上映する映画館。新作がかかるたびに、かなりの頻度で足を運んでいる。

この日鑑賞したのは、「ソワレ」(2020年 日本)。豊原功補小泉今日子らが立ち上げた映像プロダクション「新世界合同会社」による初プロデュース作品である。監督は設立メンバーの一人でもある外山文治。過去に「燦燦 -さんさん-」などの作品がある。

映画はオレオレ詐欺の場面から始まる。いわゆる受け子として、ターゲットの老女から金を受け取るのは翔太(村上虹郎)という青年だ。彼は俳優を目指して上京したものの鳴かず飛ばずで、オレオレ詐欺に加担して食いつないでいたのだ。

そんな翔太は、演劇仲間とともに故郷の和歌山の高齢者施設で演劇を教えることになる。そこで、彼は若い女性職員タカラ(芋生悠)と知り合う。数日後、祭りに誘うためにタカラの家を訪れた翔太は、タカラが刑務所帰りの父親から暴行を受ける場面を目撃する。とっさに止めに入る翔太だが、タカラは父を刺してしまう。翔太は衝動的にタカラの手を取り逃げ出すのだが……。

というわけで、若い男女の逃避行を描いたドラマである。手持ちカメラを多用し、高齢者施設の場面などでは一般の高齢者を使ってドキュメンタリー風の場面を作り出すなど、この手の低予算インディーズ映画を見慣れている者にとっては、既視感ありありの世界が展開される。

それはともかく、ドラマ的に物足りなさが拭えない。特に翔太のドラマが弱すぎる。オレオレ詐欺に加担する場面から始まり、高齢者と関わる流れがあり、そこでは人の死を目の前にする。そんな中から、彼の心の内面が見えてくるかと思いきや、あまりそれが感じられないのだ。実家の兄との確執なども描かれるが中途半端。

その一方で、タカラについては観応えある場面が展開される。実の父親に虐待され、深いトラウマを抱えて生きる彼女の苦悩、迷いがリアルに描写される。そこで出会った翔太との逃避行に希望を見出しつつも、けっして前向きにはなれず、適切な距離感が保てない。そんな彼女の揺れる心情がキッチリと伝わってくる。

もしかしたら、外山監督は翔太よりもタカラを描きたかったのかもしれない。劇中では、弱い者がどんどん追い詰められる今の世の中を意識したかのようなセリフがある。それはまさにタカラの身の上そのものである。虐待の被害者であるのに、母親はもちろん周囲のサポートを受けられず、孤立し、罪を犯すまでに追い詰められる。

それに対して翔太はどうだろう。まあ、社会の底辺に位置するという見方もできようが、別の角度から見ればただの夢見るプータローだ。しかもオレオレ詐欺に加担する彼の犯罪は、食うためとはいえあまりにも軽い。彼を弱者と呼ぶのには違和感がある。本作のキーワードが「弱者」なのだとしたら、翔太よりもタカラがクローズアップされるのは当然かもしれない。

インディーズ映画的な既視感があると指摘したが、それでも随所にはハッとさせられる仕掛けが用意された作品だ。例えば、恋人でもなくたまたま逃避行を共にした翔太とタカラの微妙な距離感を示すために、現実の2人は距離を保ったまま、シルエットだけを接近させる場面などは秀逸な描写である。

そして最大の見せ場は、翔太とタカラの逃避行に重ね合わせる安珍清姫伝説を、ステージのような場所で2人に演じさせる場面。映像的にも美しく幻想的で、2人の関係性においても意味のある絶品のシーンだ。

セリフを必要最低限に絞り、それ以外のところで多くを物語らせる演出も印象深い。翔太とタカラに寄り添い過ぎず、突き放し過ぎない距離感にも好感が持てた。

逃避行を重ねる中で、様々な経験をしつつもどんどん追い詰められていく翔太とタカラ。2人の関係性も変化する。タカラは過去とは違う自分を生きることで、新たな輝きを見せ始める。

一方、翔太は自身の孤独を告白する。先ほど翔太を「弱者と呼ぶのには違和感がある」と述べたが、今どきの若者なのは確かだ。しかも、彼は虚勢を張って生きている。それが次第に引きはがされて、終盤になってようやく彼は素の自分をさらけ出すのだ。この逃避行はタカラだけでなく、翔太にとっても過去からのエスケープだったのだろう。

そんな2人が最も近づくのは、逃避行の果てのベッドシーン。ただし、そこで安易に2人を近づけすぎることなく、最後までタカラの抱える傷の深さとともに、肉体関係とは違うところでの2人の結びつきを印象付ける。このあたりの展開は納得できるものだった。

2人の逃避行の結末はある意味予想通りだが、当然の帰結といえるだろう。タカラにとってあれ以外の選択はなかったのだろうから。

ただし、最後の後日談は出来すぎでしょう。まあ、確かに「笑顔はこうする」という前フリがあるので辻褄は合うけれど……。あそこで切なさを醸し出して、観客に余韻を残したかったのかもしれないが、個人的にはちょっと強引過ぎてついていけなかった。

そんな中、本作の最大の収穫はタカラを演じた芋生悠だろう。前から評判は聞いていたのだが、共演の村上虹郎を凌駕するほどの存在感。そして繊細な感情描写が素晴らしい。見た目は童顔なのだが、そこから発せられるオーラは破格だ。今後、要チェックの俳優だろう。

そんなわけで、かなり粗削りではあるものの、繊細な心理描写をはじめ見どころのある映画だったと思う。今後の「新世界合同会社」の活動ともども外山文治監督にも注目したい。

さて、映画館を出たら知り合いからLINEで、安倍氏辞任の報せ。病気については快復を願うのは当然だが、だからといって過去の行いが消えるわけではないことだけは強く言っておこう。

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◆「ソワレ」
(2020年 日本)(上映時間1時間51分)
監督:外山文治
出演:村上虹郎、芋生悠、岡部たかし、康すおん、塚原大助、花王おさむ、田川可奈美、江口のりこ石橋けい山本浩司
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://soiree-movie.jp/