映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「僕の好きな女の子」

「僕の好きな女の子」
2020年8月31日(月)池袋シネマ・ロサにて。午前11時5分より鑑賞(シネマ・ロサ2/E-8)。

~「愛がなんだ」の逆バージョン的な片思い男の輝きと惑いの日々

恋愛映画はあまり得意ではないのだが、それでも面白い恋愛映画はある。例えば、今泉力哉監督の「愛がなんだ」は、アラサー女子の片思い恋愛ドラマだが、単なる恋愛ドラマを超えて人間のダメさやおかしみが伝わってくる愛すべき作品だった。

その「愛がなんだ」の逆バージョンともいえるのが「僕の好きな女の子」(2019年 日本)。こちらはアラサー男子の片思いを描いている。原作は又吉直樹のエッセイ。吉本興業が各テレビ局のコラボで映画を製作する沖縄国際映画祭の企画“TV DIRECTOR'S MOVIE”の1本としてTBSとの共同で製作された。監督・脚本は、演劇ユニット“玉田企画”の玉田真也。

冒頭、主人公の加藤(渡辺大知)が美帆(奈緒)とLINEでやりとりをする。それを見ただけで、加藤が美帆のことを大好きで、何でも美帆の言いなりであることがわかる。そもそも2人は恋人同士でさえない。加藤は「好きだ」と告白できないし、美帆は加藤のことを仲の良い友達と思っていて、他に好きな人もいるらしい。

そんな2人が一緒にいる場面が抜群に楽しい。美帆は夜に突然工事現場のショベルカーの運転台に現れるなど、突拍子もないことをして加藤を驚かせる。加藤はそれに対して怒ることもなく、むしろ楽し気にしている。2人はひたすら笑い合う。この2人、本当に気が合うのだなぁ。

原作が短いエッセイということもあり、とりたてて大きなことは起きない。加藤と美帆が会い、美帆の写真展に出かけ、加藤が友人たちに他愛もないおしゃべりをする。それをテンポの良い会話劇で見せていく。

序盤で公園のストリートミュージシャンをめぐって、加藤と美帆がああだこうだと想像を膨らませて会話をする場面など、思わずクスリとさせられるところが満載。居酒屋で美帆が、脚本家である加藤の創作姿勢に対して「あなたは3D映像を作っているけれど、みんなは3D眼鏡を持っていない」と喩えるところなど、「なるほど」と思わせられる会話もある。

そんな何気ない会話の中から加藤の心情が浮かび上がってくる。本当は告白したいけれど、すれば2人の関係が終わってしまうかもしれない。ならば友達のままでよいではないか。だいたい美帆は自分をそういう目で見ていないのだ。だったら現状維持で……。そんなふうに揺れ動く加藤の心理や2人の微妙な関係性が、自然に浮かび上がってくるのである。

加藤が美帆の写真展に行った際に、せっかく買ったケーキを渡そうとして渡せないところなども、彼の心情を端的に表現するリアルなシーンだった。

とはいえ、冗長な感じは否めない。無駄なシーンやセリフも目につく。特に吉本製作ということもあり、芸人が何人か登場するのだが、彼らの会話の多くがあまり意味のないものに思えた。

後半で、加藤は後輩の女の子から、「告白できないのは弱いからだ」とズバリと指摘される。彼の心に大きな波風を立てる重要な場面だが、その前に友人たちが延々とどうでもいい会話を繰り広げるのには閉口。

ちなみに、このシーンは加藤が脚本を書いたドラマの放送後に感想を述べあうもの。加藤の書いたドラマは、自らと美帆の関係を投影させたものなのだが、これももう少し効果的な使い方ができなかったものだろうか。劇中劇としての活用の仕方が、何だか中途半端なんだよなぁ。

ともあれ、終盤で、加藤はいよいよ告白の決意をする。ところが、そこで仰天の事実が発覚して、事態は思わぬ方向に向かう。そこで何があるのかは伏せておくが、加藤と美帆、そしてもう一人のある人物の思いが交錯する面白い場面だった。

最後は後日談。あれは何を言いたかったのだろうか。本当に好きな人とは一緒になれないということ?それでも拾う神はあるということ?加藤にとって美帆との日々は甘酸っぱい青春の思い出だと印象付けたかったのだろうか?

主演の2人は好演。渡辺大知はああいう役がハマりすぎだ。大九明子監督の「勝手にふるえてろ」で演じた「二」とも共通する要素があるだけに、“良い人”ぶりが堂に入った演技だった。何よりもあの微妙な笑顔は彼にしかできないものだろう。

そして美帆を演じた奈緒。一歩間違えば魔性の女になりかねないところを、あけすけな態度と愛らしさでそうさせない。こちらの天衣無縫の笑顔も最強だ。終盤でチラリとだけ見せる影の表情も素晴らしかった。ついでに最後の方で登場する仲野太賀の普通の人ぶりも絶品。

結局のところ「愛がなんだ」のような恋愛の奥深さや、人間のおかしみなどは感じられなかったのだが、それでもけっこう感情移入して見てしまうところがあった。それはなぜか?身につまされるところがあったからだ。

この映画に対する評価は観客自身の経験とリンクするのかもしれない。加藤のような経験をした人なら、彼の心情が我が事のように感じられて、切なくてたまらなくなるのではないか。

かくいう自分にも、まさしくああした経験があるだけに、けっこう身につまされてしまったのだ。いやわかってるんだよ。確かに弱いんだよ、情けないんだよ。だけどなぁ……。同じような経験がある人は必見かも。

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◆「僕の好きな女の子」
(2019年 日本)(上映時間1時間30分)
監督:玉田真也
出演:渡辺大知、奈緒徳永えり山本浩司、仲野太賀、山科圭太、野田慈伸、前原瑞樹、萩原みのり、後藤淳平福徳秀介たくませいこ児玉智洋、秋乃ゆに、濱津隆之、東龍之介、柳英里紗長井短朝倉あき
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://bokusuki.official-movie.com/