映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「宇宙でいちばんあかるい屋根」

「宇宙でいちばんあかるい屋根」
2020年9月7日(月)新宿バルト9にて。午前11時25分より鑑賞(スクリーン3/E-11)。

~悩みを抱えた少女と謎の老婆との交流をファンタジックかつリアルに

最近、日本映画ばかり観ているのはただの偶然である。外国映画でも観たい作品は何本かあるものの、時間が合わなかったり満席だったりで……。

本日鑑賞したのは「宇宙でいちばんあかるい屋根」(2020年 日本)。監督・脚本は、前作「新聞記者」が日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作に輝いた藤井道人。「新聞記者」は首相官邸とメディアの闇を描いた社会派ポリティカル・サスペンスだったが、今回は一転してファンタジックな青春映画となっている。といっても、藤井監督は以前も「青の帰り道」という青春映画を撮っているから、特に違和感はないだろう。

野中ともその同名小説の映画化だ。14歳の少女が不思議な老婆と出会い成長していく物語である。

2005年。14歳の少女つばめ(清原果耶)は、隣人の大学生・亨(伊藤健太郎)にひそかに恋心を抱き、ある晩ラブレターを書いて亨の家のポストに入れる。だが、翌朝、彼女はひどく後悔して手紙を取り戻したいと考える。

この一件だけで、つばめのキャラを端的に表現する。彼女は引っ込み思案で、自分の思いを口に出せずにいた。学校ではネットの掲示板で中傷されるなどしていたが、けっして手ひどいイジメを受けているわけではない。それでも何となく落ち着かずにいる。

一方、家庭では父の敏雄(吉岡秀隆)と母の麻子(坂井真紀)と3人で幸せな生活を送っているように見える。だが、実母は早くに家を出て麻子は継母、しかも彼女が妊娠したことで疎外感を抱いてしまう。

このように普通の女の子ではあるものの、学校でも家庭でも居心地の悪さを感じているつばめ。そのキャラ設定のさじ加減に感心させられた。ファンタジー的要素が強いドラマではあるものの、リアルさを失わない原因がそこにあるのだと思う。

そんなつばめと交流する老婆・星ばあ(桃井かおり)のキャラ設定も同様に絶妙だ。つばめは、書道教室に通っており、そのビルの屋上が憩いの場だった。そこに現れるのが正体不明の星ばあだ。星ばあは、つばめにキックボードの乗り方を教わり空を飛ぶ。

というわけで、星ばあが普通の人間でないことは明々白々だ。それでも、随所に人間臭さを出して嘘くささを感じさせない。つばめは、星ばあに食料を調達するなど便宜を図り、そのお返しに星ばあはつばめの恋や家族に関する相談に乗り、時には願いをかなえる(あのラブレターも取り戻すのだ!)。その交流が自然で、とても微笑ましい。

毒舌を交えながらハジケまくる星ばあ。それに負けずに対抗するつばめ。2人のやりとりはユーモラスではあるものの、そこには人生に関する含蓄ある言葉も散りばめられている。「行動してから後悔しろ」「家族は血のつながりだけじゃない」。星ばあの言葉は、つばめの心を揺さぶる。

2人が交流するのは屋上だけではない。2人は海辺の街へ行き、水族館を訪れる。そこで星ばあは大水槽のクラゲを目にして、不思議なダンスを踊る。幻想的で美しいシーンだ。

つばめが、実母ひばり(水野美紀)に会いに行くシーンも印象深い。つばめが書道を習っている意味がそこで明らかになる。本作では、書道、そして途中からは水墨画がドラマ的に大きな意味を持ってくる。

一方、つばめの恋に関しては、亨の大ケガが転機となる。そこでも、星ばあはつばめの背中を押し、臆病な彼女に一歩を踏み出させる。ちなみに、亨の事故の背景には姉に対する彼の思いがあり、それもまた家族というテーマに関わってくる。

後半には大きな感動が用意されている。それはつばめと両親との確執と和解だ。以前から抱えていた疎外感が引き金となって両親と対立したつばめが、やがて自分の過ちを悟り両親と向き合う。ここは涙なしには見られない感動のシーンだろう。

終盤は、今度はつばめが星ばあの願いをかなえようとする。その果てに描かれる2人の最後のツーショットが素晴らしい。あの水族館でのダンスも織り交ぜつつ、いつも通りのユーモラスでややかみ合わない会話を繰り広げる2人。微笑ましくて、心が温まるシーンである。

そして、ついに星ばあの正体がわかる。予想通りとはいえ納得の真相であり、人と人とのつながりの大切さを感じさせてくれる。

最後に映画は2020年の今に飛ぶ。とはいえ、過剰な後日談などは用意されていない。水墨画を巧みに使って、観客の心に温かな余韻を残してくれる。

学校と家庭の悩みを抱えた少女の成長物語はけっして珍しくはないが、そこに謎の老婆を登場させてファンタジーに落とし込み、それでいて現実世界から遊離させない。藤井監督の手腕、なかなかのものである。

そして特筆すべきは主演の清原果耶の瑞々しさ。いかにもあの年頃の女の子らしい感受性と透明感に満ちた演技が、キラキラとした輝きを放っていた。言わずもがなの絶品の演技を披露した桃井かおりとの掛け合いだけでも、十分に観る価値の映画だと思う。水野美紀、坂井真紀、吉岡秀隆らの安定感ある演技も見逃せない。

f:id:cinemaking:20200909200908j:plain

◆「宇宙でいちばんあかるい屋根」
(2020年 日本)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:藤井道人
出演:清原果耶、桃井かおり伊藤健太郎水野美紀山中崇、醍醐虎汰朗、坂井真紀、吉岡秀隆
新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ https://uchu-ichi.jp/