映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「チィファの手紙」

「チィファの手紙」
2020年9月12日(土)グランドシネマサンシャインにて。午後12時50分の回(シアター9/D-8)。

岩井俊二の「ラストレター」の中国版。叙情性やノスタルジーは日本版以上

今年1月に公開された岩井俊二監督の「ラストレター」は、手紙の行き違いから始まった2つの世代の恋愛模様とそれぞれの心の再生を、切なくそして温かく描いた作品。岩井監督の作品の中でも、個人的には好きな部類の映画だ。

その「ラストレター」と似たような中国映画の予告編を劇場で観た時には、「早くもリメイクされたのか……」と思ったのだが、どうやら違ったようだ。

「チィファの手紙」(LAST LETTER)(2018年 中国)は、岩井監督が「ラストレター」と同じく自らの原作を基に中国で製作した作品。しかも、製作は「ラストレター」が2019年なのに対して、こちらは2018年。何のことはない。「チィファの手紙」の方が先で「ラストレター」が後だったのだ。だからといって、どちらがオリジナルということもないだろうが。

登場人物やストーリー展開はほぼ日本版と同じ。最初は葬儀シーンから始まる(もちろん中国式の葬儀)。チィナンという女性が亡くなったのだ。直後に、チィナン宛に同窓会の招待状が届いたことから妹のチィファ(ジョウ・シュン)は、姉の死を伝えようと出席する。だが、周囲が彼女をチィナンと間違ったため、言い出せなくなってしまう。

さらに、チィファはそこで少女時代に憧れていたイン・チャン(チン・ハオ)と再会する。2人は連絡先を交換するが、チャンが送ったメッセージのスマホ通知を、チィファの夫ウェンタオが目撃して激怒し、チィファのスマホを破壊してしまう。仕方なくチィファは、チャンに住所を明かさないまま手紙を送る。こうして一方通行の文通が始まる。

それに対して、チャンはチィナンの実家に返事を出す。そこにはチィナンの娘ムームー(ダン・アンシー)とともにチィファの娘サーラン(チャン・ツィフォン)が滞在していた。そこで2人はチィナンのふりをしてチャンと文通し始める。

というわけで、チィファ、そしてその姪のムームーと娘のサーラン、2つの世代によるチャンとの手紙のやり取りが物語の軸となる。そんな中から浮かび上がってくるのが、かつてのチィファ、チィナン、チャンたちの青春時代だ。

転校生のチャンは優等生のチィナンを好きになる。そこで、妹の友人であるチィファにラブレターを託す。だが、チィファはそのラブレターを姉のチィナンに渡さない。なぜなら、彼女はチャンのことが好きだったからだ。

こうして現在進行形のドラマと、かつてのチィファ、チィナン、チャンたちの青春時代が同時並行で描かれる。チィナンをモデルにチャンが書いた小説が、ドラマの重要なアイテムになっているのも日本版と同じだ。当然ながら、演出も岩井監督だから日本版とそれほど違っているわけではない。

それでも明らかに日本版とは違う手触りがある。それは舞台となる中国の風土だ。この物語には、中国という風土がよく似合っている。日本版の季節が夏だったのに対して、こちらは冬ということもあり、叙情性やノスタルジックさがより高まった印象だ。雪こそないが寒そうな町を登場人物が歩くだけで、何やら感情が刺激されてしまう。

また、中国が経済発展して豊かになった現代(大きな犬を2匹も飼うエピソードは日本版よりもこちらの方がリアリティがある)と、それに比べて人々の暮らしがまだまだ貧しかった80年代という2つの時間軸を同時並行で描いたことも、ノスタルジックさを際立たせる要因となっている。

キャストも素晴らしい。松たか子福山雅治広瀬すず、森七菜といった日本版のキャストももちろん良いのだが、中国版キャストはその上を行っている感じ(演技の巧拙という話ではない。このドラマにピタリとはまっているのだ)。

主演のジョウ・シュンの懐の深い演技、チィナンの娘ムームーと回想の中のチィナンの2役を演じたダン・アンシーの透明感ある姿、チィファの娘サーランと回想の中のチィファを演じたチャン・ツィフォンの初々しい表情など、いずれもこのドラマにふさわしいものだった。

そして、イン・チャンを演じたチン・ハオは、どことなく日本版の福山雅治と似た雰囲気。こちらも、様々な胸の奥の思いをチラリとだけ見せる抑制的な演技が見事だった。

ちなみに主演のジョウ・シュンは、かつてロウ・イエ監督の「ふたりの人魚」でヒロインを演じていたが、今回のキャストはチン・ハオ、タン・ジュオと何気にロウ・イエ作品に出演している役者が多い。また、日本版でトヨエツが演じた役を演じるフー・ゴーは、近日日本公開のディアオ・イーナン監督の「鵞鳥湖の夜」の主演俳優。そういう点で色々と興味深いキャストである。

終盤の切なさも日本版以上にハンパないものになった。青春の輝きだけでなく、ほろ苦さや様々な後悔も包含したノスタルジー。それがより味わい深く感じられ、しみじみとした余韻が残った。

登場人物もストーリー展開も全てわかっているのに、最後まで全く飽きなかった。観終わって、戻れないあの頃がより愛おしく思えるようになった。人によって好みは分かれるだろうが、こちらの中国版の方がより感情をダイレクトに揺さぶられそうな気がする。

本作のプロデューサーにはピーター・チャンの名がある。ラヴストーリーの名作「ラヴソング」、児童誘拐事件を扱った「最愛の子」など、観客の感情を揺さぶることには定評のある名監督だ。本作の成功には彼の功績も大きかったのかもしれない。

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◆「チィファの手紙」(LAST LETTER)
(2018年 中国)(上映時間1時間53分)
監督・脚本・原作・製作・編集・音楽:岩井俊二
出演:ジョウ・シュン、チン・ハオ、ドゥー・ジアン、チャン・ツィフォン、ダン・アンシー、タン・ジュオ、フー・ゴー
新宿バルト9ほかにて公開中
ホームページ https://last-letter-c.com/