映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ミッドナイトスワン」

「ミッドナイトスワン」
2020年9月26日(土)TOHOシネマズ池袋にて。午後12時50分より鑑賞(スクリーン7/C-11)。

~孤独な2人の心の触れ合いとトランスジェンダーの苦悩

竹内結子が亡くなった。それに関する記事では「黄泉がえり」や「いま、会いにゆきます」といった映画がよく取り上げられているが、個人的には「サイドカーに犬」での彼女がとても素敵だった。カッコよかった。良い役者だと思った。久しぶりに観てみたいな……。

その竹内結子と「黄泉がえり」で共演した草彅剛主演の映画が「ミッドナイトスワン」(2020年 日本)だ。

最近は、映画やテレビドラマでトランスジェンダーの人物が登場するケースが増えてきたが、その心の奥底の苦悩や葛藤に迫った作品は、それほど多くないように感じる。「ミッドナイトスワン」も、トランスジェンダーの主人公が孤独な少女と共同生活する話だと聞いて、ライトでコミカルなハートウォームドラマを想像したのだが、これがけっこうヘヴィーな内容だったのである。

新宿のニューハーフショークラブで働くトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)。ある日、実家の依頼で育児放棄にあっていた親戚の少女・一果(服部樹咲)を預かることになる。養育費目当てで嫌々一果を預かった凪沙。一方、一果は叔父だと思っていた凪沙の姿に戸惑う。そんな2人の同居生活は最初からギクシャクする。そんな中、街で偶然バレエのレッスンを目にして強く惹かれる一果だったが……。

序盤から凪沙と一果が激しくぶつかり合う。会ってすぐに「好きで預かるわけじゃない」と言い放つ凪沙。一方の一果も最初から反抗的な態度をとる。その激しいぶつかり合いが、のちに心を開き合う2人の姿を説得力あるものにしている。

本作の大きな特徴は、バレエが大きなカギを握っているところだ。冒頭近くで凪沙たちが、店のステージでバレエのまねごとをするので、それが一果に影響を与えるのかと思ったら、そうではなかった。一果は最初からバレエに惹かれるのだ。そのあたりの動機にはイマイチよくわからないところもあるのだが、とにもかくにも彼女はバレエに心のよりどころを見出していく。

そこでは、親身になってくれるバレエ教師(真飛聖)の存在に加え、同じくバレエを習うりん(上野鈴華)という少女との交流もある。りんは大金持ちの娘で、親に反発し、よからぬバイトをしている。まったく境遇の違う2人だが次第に接近していく。それもただ接近するだけではない。そこには同性愛的な触れ合いもあるのだ。これはトランスジェンダーのドラマであるのを意識した展開なのか。あるいはあの年頃の子供の繊細な感情の揺れ動きを表したものなのか。

それはともかく、バレエを本格的にやるにはそれなりのお金がいる。少しずつ一果と心を通わせ始めた凪沙は、彼女のために新たな仕事を捜そうとする。

そのあたりでは世間のトランスジェンダーに対する見方なども織り込みつつ、凪沙の苦悩と葛藤をあぶりだしていく。そもそも彼女はホルモン注射を受けながらも、まだ適合出術は受けていないし(池田良が演じる主治医がいかにもという感じて笑ってしまうが)、母親にも自分がトランスジェンダーであることを告げていない。そうした中で揺れ動く凪沙の心理が繊細に描かれる。

すでに述べたが、中盤以降、凪沙と一果が距離を縮める展開には説得力がある。お互いが抱える孤独を知り、迷走しつつも少しずつ共鳴し合っていく2人。特に一果があまり口をきかないこともあり、セリフ以外の部分で2人の心理を描くところが秀逸だ。反抗した一果を凪沙がしっかりと抱きしめる場面では、無条件に涙腺を刺激されてしまった。

さーて、これで2人の距離も縮まって、あとは大団円に向かうのみ。と思ったら大間違いだった。その後に訪れる大きなヤマ場。一果が参加するコンクールの場面だ。そこで盛り上げるだけ盛り上げてハッピーエンドに突入するかと思いきや、何と彼女の踊りとりんの踊りをリンクさせ、思いもよらない衝撃的なシーンをぶち込んでくるのだ。

いや、それだけではない。そこで、もう二度と登場しないかと思えた一果の実の母親を登場させて、ドラマに波乱を起こす。それを受けて、今度はドラマの舞台はタイへと飛ぶ。その後も様々な波乱が起きて、まるで韓国ドラマも真っ青の二転三転が繰り広げられるのである。

本作の監督は「下衆の愛」などの過去作がある内田英治。自身が手がけたオリジナル脚本による作品だそうだが、脚本自体には粗っぽさもあるし、ステレオタイプなセリフなども目立つ(佐藤江梨子演じるお金持ちの奥さんとか)。それでも、感動のヒューマンドラマという線を保ちつつ、トランスジェンダーについても表面的でなく描きたいという強い意志が感じられた。

終盤でも単なるハートウォームドラマにはない際どいシーンを繰り出しつつ、トランスジェンダーが抱える苦難を見せていく。詳しいことはネタバレになるから言わないが、最終盤には哀しく切ないシーンが用意される。海辺での凪沙と一果のシーンだ。凪沙の願いに応えて砂浜で優雅に舞う一果。ここも涙腺を刺激されること間違いなし。

さらに最後の後日談で、一果の踊りの合間に、それまでの彼女と凪沙との交流を挟み込み、感動を誘っていく。余韻の残るエンディングである。

主演の草彅剛が見事な演技を披露している。トランスジェンダーの役というだけでも難しいのに、その苦悩や葛藤、心の奥に秘めた一果への思い、そして母性まで全身で表現する演技は圧倒的だ。

同時に、その草彅と堂々と渡り合った一果役の服部樹咲が素晴らしい。セリフが極端に少ないにもかかわらず、その繊細な演技は圧巻。何度か踊って見せるバレエも本格的だ(実際にコンクールで賞も取っているらしい)。オーディションで選ばれたらしいが、この子、もしかしたらすごい俳優になるかも。

不満なところもないではないが、トランスジェンダーについてきちんと描こうという意図は明確。孤独な2人の心の触れ合いのドラマとしても観応えがある。何よりも役者たちの見事な演技だけでも観る価値のある作品だと思う。

◆「ミッドナイトスワン」
(2020年 日本)(上映時間2時間4分)
監督・脚本:内田英治
出演:草彅剛、服部樹咲、水川あさみ田口トモロヲ真飛聖田中俊介吉村界人、真田怜臣、上野鈴華佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://midnightswan-movie.com/


映画『ミッドナイトスワン』925秒(15分25秒)予告映像

 


9月25日公開『ミッドナイトスワン』100秒予告