「望み」
2020年10月10日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時10分より鑑賞(スクリーン9/F-11)。
~息子は加害者か被害者か、生きているのか死んでいるのか、揺れ動く家族の心情
コロナ禍で公開を見合わせていた作品が、少しずつ動き出したのだろうか。このところ、日本映画の注目作品が結構なペースで公開されているようだ。
「望み」(2020年 日本)は、過去にも「犯人に次ぐ」「検察側の罪人」などが映画化されている雫井脩介の小説の映画化。監督は「人魚の眠る家」などの堤幸彦、そして脚本は「八日目の蝉」などの奥寺佐渡子。
サッカーの練習風景からドラマが始まる。そこで一人の高校生が倒されて膝をケガする。
続いて「望み」のメインタイトルのあとに、街の俯瞰が映る。その焦点が次第に一軒の家に当てられる。同時に、その家に住む一家の家族写真らしきものが何枚か映される。
その家こそが、このドラマの主人公一家の家だ。主である一級建築士の石川一登(堤真一)が、新築を計画する顧客の参考にその自宅を案内する。これがまあ、外見といい内部といい、見事な高級住宅なのだ。おしゃれで広々としていて、こんな家に一度でいいから住んでみたいぞ!
家には校正者の妻・貴代美(石田ゆり子)と、高校生の息子・規士(岡田健史)、中学生の娘・雅(清原果耶)がいる。こんな家に住むのだから、さぞや幸せな家族かと思いきや、まもなく不穏な空気が流れ出す。
規士は冒頭でケガをした高校生。そのためサッカー部を辞めてしまった。最近はどうやらよからぬ仲間と遊んでいるらしく、無断外泊することもあるらしい。
そんな中、事件が起きる。ある日、規士が家を出たきり帰ってこなくなったのだ。まもなく、規士の同級生が殺害されたニュースが流れる。警察によると、規士が事件に関与している可能性があるという。
殺人事件をめぐるドラマではあるものの、謎解きの魅力はほぼゼロといってもいい。では何を描くのか。ズバリ、家族の苦悩と葛藤である。主な舞台を家の中に絞り、一登、貴代美、そして雅の心情をリアルかつ重厚に映し出すのだ。
自分の子供が何らかの事件に関わった可能性があるというだけで、たいていの家族なら普通ではいられないだろう。しかも、このドラマでは、そこにさらなる苦悩と葛藤の要素をぶち込んでくるのである。
当初、この事件で行方不明となっているのは2人で、彼らが犯行を行ったと考えられていた。規士はそのうちの1人、つまり加害者の1人ではないかと思われていたのだ。ところが、その後、行方不明者は3人いて、そのうちの1人はすでに殺されているのではないかという噂が広まる。
こうして、規士がどのような形で事件に関わっているか判然としなくなる。父の一登は、絶対に規士は加害者ではないと考える。だが、同時にそれは彼が殺されているかもしれないということだ。それに対して母の貴代美は、とにかく規士が生きていてくれればよいと考える。たとえ加害者であったとしても……。
規士は加害者なのか、被害者なのか。生きているのか、死んでいるのか。それに関して、夫婦はそれぞれの苦悩と葛藤を深め、お互いの考えの違いが露わになる。どちらに転んでも悲しい結末であり、それゆえ彼らの苦悩はますます深まる。その2人の間で、高校受験を控えた雅もまた心を激しくかき乱される。
堤監督は、そうした家族の混乱の様子をストレートに描いていく。安易な救いや希望などは描かない。それどころか、マスコミや近隣住民、一登の仕事関係者、さらにはSNSや見知らぬ人々からの激しいバッシングなども描き、家族をどんどん追い詰めていく。とにかく重苦しい。息苦しくなるほどつらい。家族の誰の考えも正解とも不正解とも言えない。だから、なおさら苦しくなるのだ。まるで自分も当事者たちの中に放り込まれたように。
俳優たちの演技もそれに一役買っている。一登を演じた堤真一はまるで舞台劇のようなセリフ回しや演技で、父の心情をダイレクトに伝える。貴美子役の石田ゆり子も、それに負けない迫力で感情を表現する。特に終盤に進むにつれて母性を全開にした演技が圧巻。雅を演じた若手の清原果耶の演技も見応えがある。
というわけで、本作は家族の心情を感じる映画といえるだろう。ジャンル的に言えばサスペンスということになるのだろうが、事件そのものの真相追及を期待してはいけない。
とはいえ、もう少し事件の経緯が織り込まれてもよかったかも。その全容はラスト近くで刑事がまとめて説明するのだが、ドラマの途中でも捜査の進展や意外な事実の判明などを見せてメリハリをつけてもよかったのではないかと、個人的には思うのだった。
さらに言えば、マスコミや警察の描き方などがステレオタイプなのも気になった。まあ、この手のドラマにはよくあることなのだが。貴美子に接近する雑誌記者の存在なども、それほど効果的に使われているようには思えなかった。
事件の真相や規士の消息については書かないが、ラストはしみじみとした感動が伝わるはず。家族の苦悩と葛藤を「これでもか!」と見せつけられて重くなった心も、最後には違った余韻に変わるのではないだろうか。
堤監督といえば、昔はケレンたっぷりのエンタメ映画がお得意で、「明日の記憶」のような感動作もエンタメ的な盛り上げ方が激しくて、個人的には鼻についたりしたのだが、最近は「人魚の眠る家」のように、人間の心理をじっくり描くことが多いように思える。本作もそうした傾向が顕著で、それだけに役者の演技ともども見応えがあった。
◆「望み」
(2020年 日本)(上映時間1時間48分)
監督:堤幸彦
出演:堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶、三浦貴大、早織、西尾まり、平原テツ、渡辺哲、加藤雅也、市毛良枝、松田翔太、竜雷太
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://nozomi-movie.jp/