映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「オン・ザ・ロック」

オン・ザ・ロック
2020年10月14日(水)新宿武蔵野館にて。午後12時5分より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

ソフィア・コッポラによる都会派コメディー。ビル・マーレイが秀逸

パンケーキおじさんは独裁者なのか!?日本学術会議の問題、中曽根元総理の合同葬の問題と、何やら日本が変な方向に行きつつあることを感じる昨今。今回は権力をガツーンと叩く映画を……と思ったのですが、スイマセン、都会派のオシャレなコメディー映画です。

時間の経過とともに人間関係も変化する。それは夫婦の関係も同じなのだろう。一度も結婚した経験がないのであまり実感はないのだが。

ソフィア・コッポラ監督が、気鋭の映画スタジオA24、そしてApple Original Filmsとタッグを組んだ「オン・ザ・ロック」(ON THE ROCKS)(2020年 アメリカ)は、曲がり角を迎えた夫婦を描いたドラマである。本来はApple TV+で配信される作品だが、それに先駆けて劇場での公開も実現したとのこと。公開規模が小さいのはそのせい?

映画の冒頭に登場する一組の夫婦。妻のローラ(ラシダ・ジョーンズ)と夫のディーン(マーロン・ウェイアンズ)。結婚式直後に、ウエディングドレスを床に脱ぎ捨てて、ディーンのいるプールにダイブするローラ。2人の初々しく幸せいっぱいの姿が描かれる。

続いて映るのは、それから時が過ぎて2人の幼い娘と暮らすローラとディーン。一見、幸せそうだが、ローラはかなりのストレスを抱えている模様。そして、ふとしたことから夫と同僚の不倫を疑い始めるのだ。

結婚、出産、育児などを経て背負うものは増えていくけれど、同時に自分がどんどん希薄な存在になっていくような気がしてくる。そんな女性の不安感がローラの疑惑の背景にはある。このテーマは、シャーリーズ・セロン主演の「タリーと私の秘密の時間」(2018年)などとも共通するものだろう。

だが、本作はそれとはずいぶんタッチが違う。何しろローラが相談を持ちかけたのが、父のフェリックス(ビル・マーレイ)なのだ。この人、とにかくお茶目でユニークな発言を繰り返す。奇想天外な言動でローラを振り回す強烈キャラだが、それでもどこか憎めない。その様子を見ているだけで無条件に笑えてしまうのである。

ロスト・イン・トランスレーション」などでコッポラ監督と何度もタッグを組んできたビル・マーレイは、登場しただけでおかしみが伝わる演技。あまり表情を変えずにとんでもない言動を繰り返し、後半では伸びやかな歌声も披露する。本作はこの人がいればこその映画。物語的にはローラが主役ということになるのだろうが、コメディー映画としては彼なしには成立し得ない。

フェリックスはローラに対して「ディーンが不倫しているのは間違いない。ちゃんと調査すべきだ」とそそのかす。実は画商の彼は名うてのプレイボーイ。今も女性に出会うたびに声をかけている。それだけに男女の問題に精通しており、ローラも完全に無視することができないのだ。

そんなわけで、ローラは父とともに夫の浮気調査をするハメになる。その過程で、舞台となるニューヨークの様々な場所を移動する展開が楽しい。ニューヨークを舞台にしたコメディー映画といえば、ウディ・アレンの作品群を想起するが、あちらもニューヨークの各所が登場して観客を楽しませる。それと共通する要素も感じさせる作品だ。

父と娘による浮気調査のハイライトが中盤に訪れる。同僚たちと遊びに行くディーンを尾行しようというのだが、それまで運転手に運転を任せていたフェリックスが、真っ赤なオープンカーを自ら運転して登場。車にはキャビアやお酒も用意して……て、ピクニックかよ!双眼鏡を手に楽し気にディーンを偵察するフェリックスのハジケっぷりに、思わず爆笑だ。

何だよ、このオヤジ。単に面白がっているだけじゃないのか?と思わないでもないが、それでもチラリチラリと娘への思いは伝わってくる。特に父と娘の絆を口笛を使って表現するあたりの巧みな仕掛けには感心させられた。

そしてフェリックス、強引ではあるもののやるべきことは何が何でもやるのだ。ディーンが多忙でローラの誕生日を祝えないというのを尻目に、ベビーシッターを調達させて無理やりローラを夜の街に引っ張り出してお祝いをする。それも素敵なプレゼントとともに。夫が不在の誕生日を迎えたローラの心の隙間を、フェリックスが見事に埋めてくれるのだ。

終盤には大きな出来事が起きる。なんと父と娘の浮気調査はディーンの出張先のメキシコへと向かう。そこで決定的な証拠をつかもうというのである。

そこで何が起きるかは伏せるが、実はこの旅行、単なる浮気調査ではなく、フェリックスにはある意図が存在していたことが明らかになる。そこで、いったん父娘のわだかまりが露わになるのだが、そのまま破滅的な展開に向かうことはない。

ラストは新たな父娘関係を示唆するとともに、ローラの家族についても明るい希望を灯す(そこで父からのプレゼントとは別の時計を登場させるのが憎い!)。こうしてホッコリと温かな余韻を残してドラマが終わる。

考えてみたら、意図したものかどうかはともかく、フェリックスのお騒がせの言動のおかげでローラは再出発ができたわけで、そういう意味でなかなかに頼もしい父ちゃんといえるのではないか。

いかにもコッポラ監督らしく、オシャレでセンスの良い映像が次々に飛び出してくる本作。現実の生活はあんなものではない、綺麗ごとだなどという批判もあるかもしれないが、それを言っちゃあ、おしまいでしょ。あの「マリー・アントワネット」だって、おしゃれでポップな映画にしちゃった人なんだから。

クスクス笑って、最後にホッコリ温かくなれる。コメディー映画としてはなかなかの作品だと思う。

さらに言えば、「ヴァージン・スーサイズ」以来、少女の物語を描くことが多かったコッポラ監督が、自身の経験も交えつつ成長した彼女たちのドラマを描いた点でも、興味深い作品といえそうだ。

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◆「オン・ザ・ロック」(ON THE ROCKS)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間37分)
監督・脚本・製作:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイラシダ・ジョーンズマーロン・ウェイアンズジェシカ・ヘンウィック、ジェニー・スレイト
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://ontherocks-movie.com/