映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「朝が来る」

「朝が来る」
2020年10月23日(金)池袋シネマ・ロサにて。午前11時55分より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-9)。

~養子縁組をめぐる養父母と実母、それぞれのリアルな人間ドラマ

先日の「スパイの妻 劇場版」の記事を、はてなブログツイッターで紹介して頂いたようで恐縮です。

 

そんな中、この間の土曜日の夜は渋谷LOFT9でのPANTA難波弘之GENETによるトーク&ライブへ。まさしくロックなイベントで、トークもライブも充実の内容で大満足。そして、その翌日の昼間はLINE CUBE SHIBUYAでの伊藤蘭コンサートへ。ソロ曲、キャンディーズの曲に加え、12月配信の新曲も聴けてこちらも大満足。

それにしても何だ?この無節操な音楽の趣味は。しかし、良いものはジャンルに関係なく良いのです。映画もジャンルにとらわれず観たいものです。

さて、今回取り上げる作品は、辻村深月の小説を河瀬直美監督が映画化した「朝が来る」(2020年 日本)。河瀬監督といえば、1997年にカンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少で受賞した俊英で、受賞作の「萌の朱雀」をはじめ、「2つ目の窓」「殯(もがり)の森」など作家性の強い作品を発表してきた。その映像美やリアルな表現にはただ感服するしかないのだが、ワタクシのような凡人にはややついて行けない作品があったのも事実。

しかし、近年は2015年の「あん」、2017年の「光」など比較的入り込みやすい作品もコンスタントに撮っている印象がある。今回の「朝が来る」も才気が先走った感じではないし、観やすい映画といえるだろう。

養子縁組をめぐるドラマである。序盤で描かれるのは朝斗という男の子の幼稚園でのトラブル。朝斗は、栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)夫婦の養子だった。それをきっかけに、養母と養子の親子関係にまつわる心理ドラマが始まるのかと思ったら、そうではなかった。そこからは過去の出来事が描かれる。

清和と佐都子の夫婦は、子供を持ちたいと思ったものの、清和が無精子症であることが判明。月に一度北海道に渡って不妊治療をするがうまくいかず、ついに子供を持つことを諦める。そんな時、たまたまつけたテレビで「特別養子縁組」という制度を取り上げた番組を見て、自分たちも養子を迎えようと考える。やがて2人は男の子を迎え入れ、朝斗と名付ける。それから6年後、朝斗は成長して幼稚園に通っていた。

本作の原作は未読だが、ミステリー小説のようだ。だが、この映画にミステリー的な魅力はあまりない。河瀬監督はヒューマンドラマの要素を前面に押し出し、人物の心の揺れ動きを映し出すことに注力している。アップを多用したり、手持ちカメラを使うなどして清和と佐都子の苦悩と幸福をリアルに映し出す。

このリアルさこそが河瀬監督の映画の特徴だ。そのため過去作ではプロの役者ではなく素人を使ったりもする。本作でも、栗原夫妻が見るテレビ番組や養子斡旋団体による説明会などのシーンでは、素人らしき人たち(養子縁組の当事者か?)を起用してドキュメンタリータッチでリアルさを生み出している。

また、過去の河瀬映画でもおなじみの、太陽光を巧みに使った美しい自然の風景も健在だ。それが懸命に生きる登場人物の姿とリンクする。つまり、本作では河瀬監督が自身の作家性を全開にするのではなく、抑制的かつ効果的に自らの持ち味を発揮しているのである。

ドラマの転機は、1本の電話によって訪れる。それまでも栗原家には無言電話が度々かかってきていたのだが、ある日、朝斗の産みの親である片倉ひかりを名乗る女性から、「子どもを返してほしい。それが駄目ならお金をください」という電話が入る。

動揺しつつも清和と佐都子は、その女性と会うことにする。2人は朝斗を引き取る際に、当時14歳だったひかりと会っていた。しかし、彼らの前に現れた若い女性は、その時のひかりと同一人物とは思えない人物だった。

そこから描かれるのは、朝斗の実母である片倉ひかりの人生だ。中学生のひかりは、同級生の男子と親しくなり妊娠してしまう。時期的に中絶することもできず、両親は彼女を広島の離島にある養子斡旋団体ベビーバトンに預ける。そこでひかりは、団体の代表の温かな心に触れ、同じ妊婦仲間と交流し、自分の居場所を見つける。そして出産、その後の苦難の日々……。

後半も相変わらずリアルな描写が続く。恋するひかりのときめきは、瑞々しい青春映画そのものだ。一方、突然の妊娠に戸惑い苦悩する彼女の心理は、痛々しいほどのリアルさだ。また、施設でのバーベキューの模様をドキュメンタリー風に描き出すあたりも、いかにも河瀬監督らしい演出。出産後のひかりの苦難も、観ていていたたまれなくなるほどである。

ミステリーとしてのポイントは、栗原夫妻の前に現れた女性がひかりかどうかにある。終盤にそれが明らかになるのだが、ネタバレになるから詳細は書かない。とはいえ、最後には2人の母の愛が交錯する美しいシーンが用意される。「これでもか!」という感動の押し売りがない分、余計にじわじわとこみあげてくるものがある。

終盤の展開はちょっと駆け足過ぎるように思えるし、ひかりの借金話にも違和感を持ったが、それでも辻村ワールドと河瀬ワールドが程よくブレンドされて見応えは十分。強いメッセージ性を持つ映画ではないが、養父母と実母の人生模様から様々なことを感じとれるはず。特別養子縁組制度についてはもちろん、家族や人生などについて、観客それぞれの思考を促す作品だと思う。

役者陣の素晴らしさも特筆ものだ。徹底的にリアルを追求する河瀬映画では、過剰な演技はご法度。とはいえ、永作博美井浦新蒔田彩珠浅田美代子ら主要なキャストは、いずれもかなりの演技力の持ち主。下手をすると、それが空回りしかねないのだが、今回は河瀬ワールドにアジャストした絶妙の演技を披露している。素人たちの中に入ってもまったく違和感のない演技なのは、河瀬監督の演出と役者の力量が相乗効果を発揮しているのだろう。

特に2017年の「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」から注目していた蒔田彩珠は、ひかりそのものになり切った演技で、その心根がしっかりと伝わってきた。これからどんな俳優になるか楽しみである。

f:id:cinemaking:20201027181046j:plain

あら、光ってよく見えない…。なので、チラシをコピーしておきます。

f:id:cinemaking:20201027181148j:plain

◆「朝が来る」
(2020年 日本)(上映時間2時間19分)
監督・脚本:河瀬直美
出演:永作博美井浦新蒔田彩珠浅田美代子、佐藤令旺、田中偉登、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、片倉美咲、山下リオ、森田想、堀内正美山本浩司、三浦誠己、池津祥子若葉竜也青木崇高利重剛
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://asagakuru-movie.jp/