映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ストレイ・ドッグ」

「ストレイ・ドッグ」
2020年10月26日(月)池袋HUMAXシネマズにて。午後1時50分より鑑賞(スクリーン5/D-8)。

~因縁の犯人を追い詰める荒んだニコール・キッドマンの壮絶な演技

日本に比べればまだマシだが、アメリカも依然として女性監督は圧倒的に少数だ。そんな中で、女性監督の作品を評する時には、つい「女性らしい」というような形容をしがちだが、そういうことはもうやめたほうがいいかもしれない。そう実感させられた映画が、「ストレイ・ドッグ」(DESTROYER)(2018年 アメリカ)である。

監督はカリン・クサマ。日米ハーフのベテラン女性監督で、過去作にミシェル・ロドリゲス主演の「ガールファイト」、シャーリーズ・セロン主演の「イーオン・フラックス」などがある。

犯罪ドラマである。最初に映るのが車の中にいる一人の女性刑事の目。これが何とも凄い目なのだ。疲労感とヤサグレ感が満載。どうしたら、こんな目になるのだろうか。車から降りてきた彼女はふらついている。おぼつかない足取りで事件現場に向かう。そこには殺人事件の被害者が横たわっている。迷惑そうな同僚刑事を尻目に、彼女は死体の横に紫のインクが付着したドル紙幣があるのを確認する。そして言うのだ。「犯人を知っている」と。

彼女こそが本作の主人公LA市警のベテラン女性刑事エリン・ベル(ニコール・キッドマン)だ。続くシーンは警察署で彼女宛の差出人不明の封筒を受け取るシーン。その中には、同じように紫のインクで汚れた紙幣が入っている。それを見たエリンは、行方をくらませた17年前の事件の犯人サイラス(トビー・ケベル)が、再び現れたことを確信する。

そこからは、エリンが単独でサイラスの行方を追う姿が描かれる。それは強引で法を無視した追跡劇だ。サイラスの元仲間、つながりがある弁護士などを追い詰め、あらゆる手段を使い、危険な目に遭いながらサイラスに迫ろうとするエリン。

いったいなぜそこまでサイラスに固執するのか。17年前、エリンはFBI捜査官クリス(セバスチャン・スタン)とともに犯罪組織に潜入捜査をしていた。だが、そこで取り返しのつかない過ちを犯して捜査に失敗し、その罪悪感が今も彼女を苦しめていた。エリンが酒におぼれ、同僚や別れた夫、そして16歳の娘からも疎まれるようになったのは、そのためだったのだ。

というわけで、現在進行形でエリスがサイラスを捜すドラマと並行して、17年前の潜入捜査の顛末が描かれる。それが銀行強盗絡みの事件で、クリスが死んでしまったことは早くから推測できるのだが、実はそれどころではないことがやがてわかる。それは愛、欲望、人間の業など様々なものが絡み合った恐ろしい出来事だったのだ。

本作の魅力は何といっても、エリン役のニコール・キッドマンの演技に尽きる。刑事役は初めてだそうだが、これほど荒んだ人物を演じたのも初めてだろう。笑顔はほとんどない。ボサボサの髪、荒れた肌、そして底なしの怖さと哀しさを秘めたような目。その佇まいを見ているだけで、何やら背筋がゾクゾクしてくる。ゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされたのも納得の壮絶な演技だ。

そんなエリンが、憎き敵に向かって遮二無二突き進んでいく。それはもう異様なほどの執念だ。サイラスを追うことは、エリンにとって復讐であり、贖罪であり、唯一の生きる目的だったのかもしれない。

武骨に自身の思いを遂げようとする彼女は、仲違いしている娘に対しても、ひたすら愚直に愛を貫こうとする。16歳にもかかわらず酒場に出入りし、年上の男に入れあげる娘を力づくで連れ出そうとする。何度反発されてもめげない。

終盤、事態は大いに緊迫する。サイラス一味が再び再び犯罪に乗り出す場面は、スリリングさに満ちている。強力な銃を手にしたエリンとのバトルなどもあり、犯罪映画としての魅力がタップリだ。

同時に、そのあたりで17年前の出来事の全容が明らかになり、現在のエリンの姿に納得させられる。

その後、ついにエリンはサイラスを追い詰める。まあ、正直そこはちょっとあっさりしすぎて物足りない感じ。ついでに言えば、トビー・ケベルが演じるサイラスだが、17年前のエピソードによってクレージーな人物であることは伝わるものの、それ以上の凄みが感じられないのが残念。エリンのキャラが強烈すぎるから、なおさら霞んじゃうんだよね。

とはいえ、その物足りなさを消し飛ばす事実が直後に判明。なんと、一連の流れだと思っていた冒頭の出来事がそうではなかったという驚愕の事実。いわゆる叙述トリックというのだろうか。完全に騙された。してやられた。しかも、このトリック、こういう犯罪映画にはピッタリなんだよなぁ。

ラストシーンも印象的。エリンの脳裏に去来する数々の映像。特にその少し前に娘が語った吹雪の山中での出来事が鮮烈だ。安易にエリンの再生など描かず、孤独と哀しみをたたえたまま終幕を迎える展開。本作が単なる犯罪映画ではなく、エリンの内面をあぶり出す作品であることを印象付けてドラマは終わる。

本作に関しては、殊更に女性監督を意識させる要素は皆無といってもいいだろう。過去作でも、女性を主人公にハードな作品を撮ってきたクサマ監督らしい作品でもある。

まあ、それより何よりニコール・キッドマンの演技を堪能する映画です。その荒んだ外見から、心の内をダイレクトに伝える巧みな演技。同時並行する17年前のシーンでの若々しさ(外見のみならず話し方や行動なども)との対比があるから、なおさらその演技の凄さがわかるはず。

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◆「ストレイ・ドッグ」(DESTROYER)
(2018年 アメリカ)(上映時間2時間1分)
監督:カリン・クサマ
出演:ニコール・キッドマン、トビー・ケベル、タチアナ・マズラニー、セバスチャン・スタンスクート・マクネイリーブラッドリー・ウィットフォード、ボー・ナップ、ジェイド・ペティジョン、ジェームズ・ジョーダン、トビー・ハス、ザック・ビーヤ、シャミア・アンダーソン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.destroyer.jp/