映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「おらおらでひとりいぐも」

「おらおらでひとりいぐも」
2020年11月11日(水)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時10分より鑑賞(スクリーン2/E-10)

~老女の孤独の先にある新たな世界をユニークな仕掛けで描く

63歳で作家デビューし、第158回芥川賞を受賞した若竹千佐子。老境の孤独を描いたその受賞作を、「南極料理人」「キツツキと雨」「横道世之介」「モヒカン故郷に帰る」などの沖田修一監督が映画化した。

原作は読んだのだが、全編東北弁のモノローグで進んでいく。いったいそれをどう映画化するのか。現在進行形のドラマと過去の出来事を組み合わせることは容易に想像できたが、それだけでは面白みがない。そんな中、沖田監督は意表を突いた仕掛けで、味わいあるコメディーを現出させた。

まず驚かされたのが冒頭だ。アニメなどを使い、地球誕生から生命の誕生、恐竜の登場と絶滅、古代人の登場など地球46億年の歴史を綴るのだ。これは、本作の主人公が図書館の本を読み漁り地球の歴史に関するノートを作っていることに由来するものだろう。同時に、終盤で彼女の変化を示す場面の前フリにもなっている。何にしてもぶっ飛びのシーンである。

そして登場する主人公75歳の桃子さん(田中裕子)。突然夫に先立たれ、一軒家で孤独な日々を送っている。そんな桃子さんが、東北弁で胸に去来する思いをつぶやくのが原作。それに対して、映画ではユニークな人物たちを登場させる。桃子さんの妄想が生み出した奇妙なおっさん3人組、寂しさ1(濱田岳)、寂しさ2(青木崇高)、寂しさ3(宮藤官九郎)である。

「おらだばおめだ(私はお前だ)」と言う彼らと桃子さんとの会話が抜群に楽しい。もちろん会話は東北弁。寂しさ3人組はどこにでも付いてきて、桃子さんと会話をし、彼女の気持ちを代弁する。桃子さんにいたずらを仕掛けたり、からかったりもする。登場した直後には、ジャズを演奏して桃子さんと一緒に踊るのだ。

その一方で、朝になると桃子さんの枕元で暗い顔をして、「どうせ起きでも、いいごとないよ」とつぶやく別な分身(六角精児)が現れたりもする。

桃子さんの毎日は単調だ。図書館に通って係の女性から大正琴太極拳に誘われるが、「私はいいわ」と断る。病院に通院して、「認知症かも」と不安を吐露すると、医師は「それは国立病院へ」とにべもない。せいぜい車のリース契約を持ちかける若い男と茶飲み話をするぐらいだ。

そんな現在進行形のドラマの随所に寂しさ3人組が登場する。同時に桃子さんが思い描く過去の光景が目の前に現れもする。現在の桃子さんと、若き日の桃子さん(蒼井優)、幼少期の桃子さんが一緒に登場する場面もある。とにかく変幻自在。ユーモラスでシュールで突飛な場面が連続するので飽きることがない。

桃子さんは今の生活に戸惑いと不安を感じているだけではない。これまでの人生にも引っかかるものがある。

1964年にお膳立てされた結婚を嫌い、故郷の岩手から五輪に沸く東京にやってくる。そして食堂で働いていた時に、客としてやってきた同郷の周造(東出昌大)と出会い、結婚する。本当は「新しい女」「自立した女」になりたかったのに、家庭に入り専業主婦になってしまった。「愛に自分を明け渡さなければよかった」とも思っている。おまけに、今は息子とは疎遠だし、久々に訪れた娘からは金の無心をされる。オレオレ詐欺にも遭っている。

そんな過去と現在に対してあれこれと思い乱れ、なかなかポジティブになれない桃子さんが次第に変化していく。その過程では、桃子さんによる歌謡ショーまで登場する。フルバンドをバックに桃子さんが周造を揶揄するオリジナル曲を熱唱するのだ。いやはや何でもありの映画である。

桃子さんにとっての大きな転機は、バスにも乗らず徒歩で山の上にある周造の墓に向かう場面だ。そこでは寂しさ3人組に加え、若き日の桃子さんや幼少期の桃子さん、周造なども登場し、桃子さんは過去と今に向き合う。

さらに、その後にはまたしてもぶっ飛びの展開が登場する。冒頭の地球の歴史を受けて、マンモスや古代人までが出現するのである。これはおそらく、命の営みを地球の46億年の歴史の流れの中で見つめたものだろう(思わずテレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」を想起してしまった)。桃子さんの今の孤独など取るに足らぬものだ。彼女と関わった多くの人々が、しっかりと見守ってくれているのだ。

そしてラストには桃子さんと孫との交流を描き、命のバトンが確実に受け渡されていることを示す。表面的には孤独に見える桃子さんだが、けっして一人ぼっちではないのである。

こうして沖田監督は桃子さんの背中を押す。孤独の先にあるのは寂しさではない。新しい世界だ。一人になった桃子さんは、自由に自分らしく生きることができるはず。

なるほど桃子さんは最後にポジティブになる。本作を観た観客も同様に沖田監督に背中を押されて元気になれるのでは? それは高齢者に限らず、孤独を感じている全ての人も同様だろう。年を取ることも孤独になることも、恐れるに足らないことなのだ。

これほどぶっ飛んだ作品でありながらただの暴走コメディーにならず、老境の心理をきっちりと描けているのは、沖田監督が過去作「滝を見にいく」「モリのいる場所」でも老人を主人公にしたドラマを描いていることも大きいのかもしれない。

自然の風景や光を効果的に使った映像も魅力的。主演の田中裕子の絶妙な演技も見事。蒼井優東出昌大濱田岳青木崇高宮藤官九郎田畑智子黒田大輔といった脇役陣の芸達者ぶりも見ものである。

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◆「おらおらでひとりいぐも」
(2020年 日本)(上映時間2時間17分)
監督・脚本:沖田修一
出演:田中裕子、蒼井優東出昌大濱田岳青木崇高宮藤官九郎田畑智子黒田大輔山中崇岡山天音三浦透子、六角精児、大方斐紗子鷲尾真知子
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://oraora-movie.asmik-ace.co.jp/