「さくら」
2020年11月15日(日)TOHOシネマズ池袋にて。午後1時55分より鑑賞(スクリーン9/E-10)。
~毒気や刺激も織り交ぜつつ描く家族の崩壊と再生
カンヌ国際映画祭では、優秀な演技を披露した犬に贈られる「パルム・ドッグ賞」という賞がある。その名称は、同映画祭の最高賞であるパルム・ドールに由来する。
この事実からもわかるように、映画では多くのワンコが活躍している。西加奈子の小説を「三月のライオン」「ストロベリーショートケイクス」「無伴奏」などの矢崎仁司監督が映画化した「さくら」でも、ワンコが重要な役どころを演じている。なにせ「さくら」というタイトル自体が犬の名前なのである。
ある家族を描いたドラマだ。長谷川家は、父の昭夫(永瀬正敏)、母のつぼみ(寺島しのぶ)、長男の一(吉沢亮)、次男の薫(北村匠海)、長女の美貴(小松菜奈)の5人家族。そのうち次男の薫のモノローグによってドラマが進行する。
薫が年末に実家に帰ってくるところからドラマが始まる。実家には母のつぼみと、妹の美貴がいる。そして、しばらく前に家を出た父の昭夫も帰っていた。4人は食卓を囲むが、どこかギクシャクしている。いったいなぜなのか。そこから家族にまつわる過去の出来事が描かれる。
妹・美貴の誕生、愛犬サクラとの出会い、大きな家への引っ越しなど様々な経験をする家族はまさに幸せ家族だ。太陽のように明るい母、温かく家族を見守る父、スポーツマンで薫にとってヒーローのような存在の一、甘やかされて育った美貴。彼らのキラキラした日常が描かれる。昭夫とつぼみの出会いのエピソードは、サイレント映画のスタイルで描かれたりもする。
そこにはユーモアもたっぷり込められている。夫婦の夜の営みを聞いてしまった幼い子供たちに、つぼみがわかりやすく説明するシーン。昭夫に届いた手紙からつぼみが夫の浮気を疑うものの、実はそれは同級生の“元男子”からの手紙だったというエピソード。そんな笑えるネタがあちこちにある。
同時に、この映画には毒気や刺激もある。例えば、一と薫が風呂場で未知のセックスについて語るシーンでは意味深な表現が使われる。薫は学校の女子に誘われて童貞を失い、その女子とズブズブと体の関係を続ける。一方、美貴はクラスメイトの女子と同性愛的な関係性を持つ。
そして何よりも、この美貴、実の兄の一に対して特別な感情を持っているらしい。一に彼女ができると、激しくそれに嫉妬し、その後にはとんでもない行動に出る。
というわけで、よくある幸せ家族とはひと味もふた味も違う家族の姿だ。いったい次に何が飛び出すのか予測不能。それが不穏な空気感を強めていく。表面的には明るい家族を描きつつも、それはあくまでも過去の話。現在の家族は半ば崩壊しているわけだから、さらに良からぬことが起きることは観客にとって自明の理だろう。
案の定、まもなく悲劇が起きる。一が交通事故に遭うのだ。それをきっかけに家族の運命は狂い始め、ついに彼らはバラバラになってしまう。
そして再び現在の家族。久々に顔を合わせた昭夫、つぼみ、薫、美貴の前に緊急事態が発生する。それは、このドラマで常に家族に寄り添い、見守り続けていた愛犬・サクラに関わる出来事だ。そこで家族は、それぞれの思いを吐露する。そして、壊れかけた家族の絆をもう1度結ぶ大晦日の奇跡が起きる。
しかし、まあ、その奇跡が何とも人を食ったもので脱力してしまった。いかにもこの映画らしいといえばらしいのだが。
原作モノということもあって、詰め込み過ぎに思えるところもある。人間の運命、愛、家族、夫婦、はては多様性など様々なテーマがばらまかれているのだが、それらがすべてかみ合っているようには見えない。美貴と親しくする女子が卒業式で、同性愛宣言するところなどは、ドラマの流れから浮いている気もする。
それでも捨てがたい魅力を持つ作品だと思う。いわゆる教科書的な感動物語でいなところが良い。俯瞰的に見れば、家族の崩壊と再生を描いたよくある話ではあるものの、随所に毒気と狂気にも満ちた暴走をはらんだ不思議な家族ドラマである。共感できるところも、そうでないところもあるだろうが、これもまた家族の1つの姿なのだ。
そして、それらを包み込むような存在なのがワンコ。サクラがいるおかげで、不穏な空気が中和されて温かな心持ちになる。やっぱりワンコのパワーは強力である。
両親役の寺島しのぶ、永瀬正敏は安定の演技。子どもたちを演じた北村匠海、小松菜奈、吉沢亮も、それぞれに存在感を発揮している。
そんな中でとりわけ印象に残ったのが小松菜奈の演技。小悪魔的という域を超えて、人間の底知れぬ闇さえ感じさせられた。悲劇の後に一の部屋のベットでとる行動、葬儀での狂気をまとった行動など、何やら背筋が寒くなってしまった。
◆「さくら」
(2020年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:矢崎仁司
出演:北村匠海、小松菜奈、吉沢亮、小林由依、水谷果穂、山谷花純、加藤雅也、趙民和、寺島しのぶ、永瀬正敏
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://sakura-movie.jp/