「タイトル、拒絶」
2020年11月19日(木)新宿シネマカリテにて。午後12時45分より鑑賞(スクリーン1/A-8)
~女たちの放つ凄まじいエネルギーに圧倒される群像劇
舞台劇の映画化作品は多いが、すべての作品が成功しているとはいいがたい。それでも、劇団イキウメの「太陽」(入江悠監督)、「散歩する侵略者」(黒沢清監督)、劇団THE SHAMPOO HATの「葛城事件」(赤堀雅秋監督)など、印象に残る映画も多い。
そんな中、劇団「□字ック」(「ロジック」と読む)が2013年に初演した舞台劇「タイトル、拒絶」がこのほど映画がされた。同劇団の主宰・脚本・演出・役者を務める山田佳奈が、自ら脚本と監督を担当している。
都内の雑居ビルにあるデリヘル店を主な舞台とした群像劇である。いきなりインパクトの強い映像が登場する。「悪質なポン引きが増えています……」などと書かれた看板の横に下着姿の主人公カノウ(伊藤沙莉)が立ち、カメラに向かって自身の心境を吐露する。実は彼女、デリヘル店に体験入店したものの、最初の客に相対すと怖気づいて逃亡したのだ。だが、その後はなぜかスタッフとしてデリヘル嬢たちの世話係をするようになる。
店にいるのは個性派のデリヘル嬢ばかりだ。ひたすら明るく笑う売れっ子のマヒル(恒松祐里)、プライドが高くすぐにケンカ腰になるアツコ(佐津川愛美)、最も年上のシホ(片岡礼子)などなど。一方、店長の山下(般若)はじめ男性スタッフたちも、相当なクセモノ揃いだ。
そんな人々のぶつかり合いを描く本作だが、タイトルの「タイトル、拒絶」とは、自分の人生にタイトルを付けられることを拒絶するカノウの心理を表現したもの。そして、本作自体も安直なタイトルが似合わない映画といえるだろう。
群像劇だから、誰かひとりに焦点を当ててその人生を突き詰めるわけではない。明確なメッセージ性を持った映画でもない。様々なテーマ性は見て取れるが、それらを徹底して追求するわけでもない。それでも、登場人物たちのぶつかり合いの中から、人間のたくましさと同時に痛々しさが伝わってくるのである。
まず印象的なのがセリフだ。「こんなところで働いている以上、社会不適合者ですよ」「女に生まれた時点でもうダメなんです」「他人の人生をお金で買って、自分の中のゴミを燃やしてもらうの」といった女たちのセリフはあけすけで自虐的だが、それでも世の中の真実をズバリと突いている。女性を商品化する社会、男の本性、女のダメさなど社会と人間の本質に触れるセリフが満載なのだ。
ドラマが進むにつれて女たちの背負ったものもチラリと見えてくる。マヒルはかつて母の愛人と関係を持っていたという。今は妹が彼女に金をたかりに来る(この妹も何だか怪しい)。シホは妻子ある男性と関係を持ち、相手はその後離婚したという。それ以外のデリヘル嬢やスタッフたちも様々な事情を抱えている者が多い。
この店に集う人々は、社会的評価からすれば底辺に位置する人々だろう。しかも、どん詰まりの人生を送り、虐げられ、冷たい視線を浴びている。それでも、精一杯見栄を張り、肩に力を入れ、時には自分を偽りながらも生き抜こうとする。山田監督はそんな人々に殊更に共感を寄せるのでもなく、突き放すのでもなく、一定の距離感を保って映し出す。そこからそれぞれの人物の本性が見えてくる。
それにしても、カノウはなぜここに留まっているのだろうか。本人によれば報酬が良いからとのことだが、事あるごとに山下から怒られ、頭を叩かれ、金まで奪われている。もしかしたら彼女は、就職にも失敗し、男とも一夜の関係しか持てない自分を社会のハズレ者と感じ、店のデリヘル嬢やスタッフたちに同じ匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。あるいは、そこには「自分の方がまだマシだ」という見下す思いもあったのかもしれない。
前半から不穏な空気を醸し出していたドラマだが、後半になると事務所内での恋愛沙汰をはじめ、人間関係がどんどんもつれてマグマが溜まっていく。そして、それがついに爆発する。凄まじい罵り合いと殴り合い、その果てのあわやの場面。
安直な救いや大団円は用意されない。その後の女たちの姿が心をざわつかせる。壮絶な事件を起こす者もいれば、何かを捨て去るように高笑いする女もいる。
一方、カノウは変化を遂げる。おそらく彼女は、ここが自分の居場所ではないことを悟ったのだろう(彼女が使う「たぬき」という表現が面白い)。それを示すのがラストの桁外れの号泣だ。それは彼女の心の叫びであり、新たな旅立ちのホイッスルに違いない。だとすれば、本作はカノウの成長を描く青春ドラマでもあるのだと思う。
社会の底辺の人々を描くといえば、その過酷な状況や悲惨さを哀切タップリに描く作品もあるわけだが、本作はそんな哀切とは無縁だ。何があっても前に進もうとする女たちが発するエネルギーに圧倒される映画である。
そんなエネルギーの源となったのは、言うまでもなく俳優陣の演技である。伊藤沙莉は映画やテレビドラマなどの脇役として注目を集めるが、今回は一段と腰の据わった演技を披露している。先ほども述べたラストの大号泣は圧巻。2019年の第32回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門に出品された本作で、伊藤は若手俳優に贈られる東京ジェムストーン賞を受賞したが、やはりあの大号泣のパワーも大きかったのではないか。
さらに、半端ないヤサグレ感を漂わせる佐津川愛美、酸いも甘いも嚙み分けた感満載の片岡礼子、キャピキャピの裏にある闇を感じさせる恒松祐里など、その他のキャストも存在感ある演技を披露している。
人間のたくましさや醜悪さを映し出し、何よりも破格のエネルギーを発する本作は、個人的に今年の日本映画の中でも印象深い一作になりそうだ。
◆「タイトル、拒絶」
(2019年 日本)(上映時間1時間38分)
監督・脚本:山田佳奈
出演:伊藤沙莉、恒松祐里、佐津川愛美、片岡礼子、でんでん、森田想、円井わん、行平あい佳、野崎智子、大川原歩、モトーラ世理奈、池田大、田中俊介、般若
*新宿シネマカリテほかにて公開中
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