映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ホモ・サピエンスの涙」

ホモ・サピエンスの涙」
2020年11月21日(土)新宿武蔵野館にて。午後3時20分より鑑賞(スクリーン1/A-9)

~まるで動く絵画のような人類の悲喜こもごも

今回はかなり変わった映画を取り上げる。一般的な映画の枠を超えた映画といえるかもしれない。いくつかのエピソードが登場するものの、ドラマらしいドラマはない。それでも、そこからは人間の様々な側面が浮かび上がってくる。スウェーデンの奇才ロイ・アンダーソン監督によるヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞作「ホモ・サピエンスの涙」である。

アンダーソン監督は「散歩する惑星」「愛おしき隣人」「さよなら、人類」からなるトリロジーが日本でも公開されている。それらも相当に変わった作品だったが、今回はさらにそれを凌駕するユニークさなのだ。

時代も性別も年齢も異なる様々な人々の、ある瞬間を切り取った作品である。その最大の特徴は映像美にある。アンダーソン監督はCF出身で、元々その映像美には定評があったが、今回はものすごいことになっている。

この映画は全33シーン。そのすべてをワンシーンワンカットで撮影しているのだ。しかも、ロケではなくセット撮影だという。駅の待合室やホーム、シベリアの凍てつく大地など、どう見てもロケにしか見えない場面も多いが、それもまたセット撮影らしい。そのため細部までこだわり抜いた、絵画のような映像を生み出すことに成功している。

なかでも目を引くのが、マルク・シャガールの名画「街の上で」にヒントを得た場面。廃墟となった街の上空を抱き合ったカップルが飛翔する。幻想的な空間の向こう側から、少しずつカップルが飛んでくる映像は、息を飲むほど美しく妖しい。

それ以外にも様々な人物によるエピソードが登場する。特に印象的なのがナレーションでも語られるように問題を抱えた人々だ。

例えば、神を信じられなくなった牧師は、自分がキリストのようにはりつけにされる悪夢を見て精神科医に相談する。女の浮気を疑っているらしい男は、魚売り場で突然、女に激しく平手打ちを食らわす。銀行が信用できずに、ベッドの下にお金を貯め込む男が登場したかと思えば、靴に問題を抱えた女性は意を決して裸足で歩きだす。雨に降られて子連れで往生する父親なども映される。

戦争に関するシーンも多い。敵に追い詰められた瞬間のヒトラー。兵士によって支柱に縛られて命乞いをする男。吹雪の中、シベリアの捕虜収容所に向かって歩く敗残兵たち。前述の空中飛翔するカップルの眼下にあるのも、戦火によって廃墟となった街である。

反対に心が躍るエピソードもある。駅のホームのベンチに一人寂しく座る女性の前に急ぎ足の男性が来て2人は再会する。レストランから流れる音楽に合わせて通りがかりの3人の若い女性が楽し気に踊り、客たちが拍手をする。ビリー・ホリデイの「all of me」を聞きながらシャンパンを飲む女性の幸せそうな顔も印象的だ。

そうした数々のエピソードにはさしたるドラマ性もなく、突如として終わるエピソードも多い。それぞれのエピソードに関連性があるわけでもない。それでも、そこからは人間の様々な喜びや悲しみが感じとれる。なるほど、「ホモ・サピエンスの涙」というタイトルにあるように、ここには人類の悲喜こもごもが詰まっているに違いない。

アンダーソン監督は、特にそれらを肯定も否定もしない。人間の愚かさや滑稽さや喜びをそのまま淡々と映すだけだ。

とはいえ、暗さは微塵もない。むしろアンダーソン監督の過去作と同様にユーモアがみられる。その多くはシュールな笑いだが、レストランでひとりで食事をする初老の男が災難に見舞われるシーンでは、まるでドリフのコントのような笑いが飛び出したりもする。

動く絵画のようなアートな作品だ。こんな映画はアンダーソン監督にしか撮れないだろう。なので、美術館で絵画を鑑賞するような気持で劇場に行った方がいいかもしれない。スクリーンを見つめるうちに、その魅力から離れられなくなる人もきっといるはず……。

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◆「ホモ・サピエンスの涙」(OM DET OANDLIGA/ABOUT ENDLESSNESS)
(2019年 スウェーデン・ドイツ・ノルウェー)(上映時間1時間16分)
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム、ヤーン・エイェ・ファルリング、ベングト・バルギウス、トーレ・フリーゲル
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://www.bitters.co.jp/homosapi/