映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」

「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」
2020年11月27日(金)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン4/H-9)

~犯罪に手を染める少女。今の香港ならではの青春映画

一国二制度が揺らぐ香港。専門家ではないから偉そうなことはいえないが、そこには中国本土と香港の同質化があるのではないか。かつては香港と中国は明確に分かれていた。香港人と中国人はまったく違う状況下にあった。だが、今では中国人が大量に香港に流入し、定住する人も多い。そうした人々は、もともと中国の体制の中で生きてきたわけで、一国二制度など大した問題ではない。

そんな状況を背景にしたドラマが「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」である。舞台となるのは香港と中国・深圳。香港に隣り合う深圳からは、日々多くの人々が通学や通勤などで越境してくる。

16歳の高校生ペイ(ホアン・ヤオ)も深圳から香港に越境通学している。彼女と暮らす母は中国人で、離婚した父は香港人。母は毎日麻雀ばかりしているし、香港で暮らす父は別の家族を持っている。そんな問題を抱えつつも、ペイは楽しい高校生活を送っている。彼女はいつも親友のジョー(カーマン・トン)といる。2人は日本の北海道へ旅行することを計画していた。

前半はペイのキラキラした青春模様を映し出す。学校に遅刻して名前を書かされたり、旅行費用を稼ぐために、学校でスマホケースを売ったり、飲食店でバイトをしてお金を貯めたり。学校をサボって船上パーティーに参加したりもする。そんな日常をみずみずしい映像とともに、テンポよく描き出す。

だが、その後、状況は大きく変わる。ジョーは船上パーティーで知り合ったハオ(スン・ヤン)という青年と親しくなる。そんな中、ひょんなことからペイはスマホを価格の安い香港から大陸に密輸しているグループの存在を知る。その仲間にはジョーもいた。手っ取り早くお金が稼げると気づいたペイは、密輸団の仲間に加わる。

こうしてペイが犯罪に手を染める背景には貧富の格差がある。ジョーはけっこうなお金持ちの家の子らしい。一方、ペイはけっして豊かとはいえない。北海道旅行に行くためには、どうにかしてお金を稼がなければならない。そこで密輸という犯罪行為に手を染めるわけだ。

とはいえ、密輸するのはスマホである。これが麻薬だったりしたら、スリルが倍加してサスペンスとしての魅力が増すだろうが、犯罪のハードルは上がる。それに対してスマホなら、比較的簡単に密輸ができるし罪悪感も薄い。その分、リアルなドラマが展開されるのである。

聞くところによると、本作のバイ・シュエ監督は2年間をかけて入念なリサーチをして、脚本を書き上げたという。だから、ますますリアルなのだろう。

犯罪に手を染めた当初はどんどんお金が貯まってハッピーなペイ。同時にハオとの距離も縮まる。だが、そのことがジョーとの仲に亀裂をもたらす。前半のキラキラ感は、ドラマが進むにつれて微妙にくすみ始める。

スマホの密輸とはいっても犯罪は犯罪である。香港から中国を越境する時や発注相手と接触する際は緊張感が走る。薄暗い夜の映像も相まって、ノワール的な世界がそこで展開する。

そして、事態は急展開する。密輸団の女ボスが、今度はペイに拳銃の密輸をもちかける。それは断ったペイだが、そこから思わぬ方向に事態が進む。

青春映画にサスペンスの要素を取り入れたのが本作の魅力だ。高校生が気軽に犯罪に手を出すドラマといえば、タイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」を思い出すが、あちらはスリリングな犯罪シーンをはじめエンタメ性タップリの映画。それに対して本作は、エンタメ性に配慮しつつも、あくまでもリアルなドラマを追求することに専心している。

終盤はハラハラの展開が待ち受けているが、それでも「驚愕のラスト!」が用意されるわけではない。ペイはあわやのところで救われる。だが、それでもこの事件が彼女の人生にとって大きな出来事だったことは間違いない。

ラストシーンが印象的だ。母とともに山に登って香港の街を見下ろすペイ。そこで母は言う。「これが香港なのね」。何気ない一言である。特別な意味などそこにはないのかもしれない。だが、今の香港の状況を考えるとなかなかに意味深な言葉ではないか。

主演のホアン・ヤオは等身大の演技で、一人の女子高生のキラキラと迷いを表現していた。その他の若いキャスト、ペイの父母役などベテランのキャストもしっかり脇を固めている。

香港と中国の越境問題をはじめ、貧富の格差、現地の高校生事情などをリアルに重ねながら、青春のみずみずしさを描いた中国映画だ。激動の香港を知る意味でも観る価値はあるだろう。

◆「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」(過春天/THE CROSSING)
(2018年 中国)(上映時間1時間33分)
監督:バイ・シュエ
出演:ホアン・ヤオ、スン・ヤン、カーマン・トン、ニー・ホンジエ、リウ・カイチー、エレーナ・コン、チアオ・カン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://www.thecrossing-movie.com/

 


「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」本編映像①


「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」本編映像②