映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「Swallow スワロウ」

「Swallow スワロウ」
2021年1月7日(木)新宿バルト9にて。午前11時より鑑賞(スクリーン8/G-13)

~異物を飲み込む女の自立への戦いのドラマ

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

というわけで、新年最初の映画です。

幸福そうな女性が満たされない思いを抱えて苦しむドラマはよくあるが、それが「異食症」という想像を絶する形で現れる作品が「Swallow スワロウ」である。

主人公のハンター(ヘイリー・ベネット)は専業主婦。夫のリッチー(オースティン・ストウェル)は実業家の御曹司で、2人はニューヨーク郊外の豪邸で暮らしていた。リッチーは優しく、ハンターは何不自由ない毎日を送っているように見えた。

だが、心の中は空疎だった。優しいリッチーだが、すべては自分が中心でまともに話を聞いてくれない。食事の際も携帯を傍らに置き、その対応に夢中だった。

一方、リッチーの両親も一見優しいが、心のどこかでハンターを蔑んでおり、自分たちの流儀に彼女を従わせようとしていた。ハンターは孤独だった。

そんな中、ハンターは妊娠する。夫や義父母は大喜びするが、ハンターの孤独はこれまで以上に深くなっていった。

ある日、ふとしたことからハンターはガラス玉を飲み込みたいという衝動にかられる。飲み込んでみると、痛みとともに得も言われぬ充足感と快楽を得る。それをきっかけに、ハンターの「異食症」はエスカレートしていく。

製作総指揮も兼ねる主演のヘイリー・ベネットの演技が見事だ。ブロンドのショートカットと白く透き通った肌。表面的にはどこから見ても幸福なセレブだ。だが、心の奥の闇がチラチラと見える。その加減が絶妙である。

そして異食症の描写。ガラス玉を飲み込むときの恐れが、やがて幸福感に代わる。その恍惚の表情。義母がくれた自己啓発書には「毎日新しいことにチャレンジする」と書かれているのだが、彼女はそれを異食症という形でなし遂げていく。

これまで「ガール・オン・ザ・トレイン」あたりで存在感を発揮していたものの、イマイチ目立たなかったヘイリー・ベネットにとって、出世作となるのは間違いない作品だろう。

新人のカーロ・ミラベラ=デイヴィス監督による静謐で寒々しい映像も、この映画にはぴったりだ。特にハンター夫妻が住む豪邸の間取りを生かしたショットが、スリラー的な魅力を高めている。

なんでもデイヴィス監督は、強迫性障害に苦しんだ自身の祖母のエピソードをヒントにオリジナル脚本を書き上げたとか。異食症という特殊なテーマにもかかわらず説得力を持つのは、そのせいだろう。

やがてハンターの異食症は夫や義父母の知るところとなる。胎児のエコー検査で異物の存在が明らかになったのだ。体内からは、小さな金属片や石ころ、はては画びょうのようなものまで取り出される。

この一件で、夫や義父母のハンターを見る目が変わる。口では「愛している」「あなたが心配」と言いながら、24時間監視するために看護士が雇われる。同時に、心理カウンセラーの診療を受けることを余儀なくされる。

その心理カウンセラーとの対話の中で、ハンターは異食症の背景にある衝撃的な出来事を明かす。

この衝撃的な出来事とは、ハンターの出生の秘密にまつわるものだ。あまりにも忌まわしい出来事には言葉もないが、この後ドラマは二転三転する。夫と義父母によって施設送りにされる寸前で逃亡したハンターは、ある場所を訪ねる。彼女が乗り越えるべき存在がそこにあるのだ。

ラストではハンターが重大な決断を実行に移す。すべてを捨て去って新しい一歩を踏み出す。ずっと「良い妻のふり」「幸せな妻のふり」をしてきた彼女だが、もう「ふり」をする必要などないのだ。

彼女が去った後に、多くの人々が訪れる女子トイレを延々と映すエンドロールをぜひ見てほしい。あれはまさにこの物語が、ハンターの物語を超えて多くの女性へのメッセージとなった瞬間ではなかったのか。

今も昔も不条理な抑圧がこの世界には満ち満ちている。あからさまな女性蔑視ではないにしても、ハンターの夫や義父母のような態度はしばしば見られる。異食症という特殊な形で始まったこのドラマは、ラストで抑圧に直面する女性の背中を押す。自由に生きていいのだ、誰にも遠慮する必要などないのだと。ここに至ってこのドラマは普遍性を獲得したのである。バックに流れる音楽もそれを後押しする。

それにしても夫のリッチー、嫌な奴だよなぁ。ネクタイにアイロンかけたら「気にしなくていいよ」とか言いながらブチ切れるし、最後は本性丸出しで「クソ女!」とか言うし。大金持ちの御曹司とはあんなものか。

ちなみに、「Swallow」には「飲み込む」のほかに、「我慢する」「抑える」という意味もある。何とも意味深なタイトルである。

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◆「Swallow スワロウ」(SWALLOW)
(2019年 アメリカ・フランス)(上映時間1時間35分)
監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイヴィス
出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーヴェル、デヴィッド・ラッシュ、デニス・オヘア
新宿バルト9ほかにて公開中
ホームページ http://klockworx-v.com/swallow/