映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「KCIA 南山の部長たち」

「KCIA 南山の部長たち」
2021年1月23日(土)グランドシネマサンシャインにて。午後12時35分の回(シアター10/F-9)

~暗殺者は理想に準じたのか、それとも権力欲にとりつかれたのか

「タクシー運転手~約束は海を越えて~」「1987、ある闘いの真実」など実録現代史ドラマは、韓国映画お得意のジャンルだ。1979年に起きたパク・チョンヒ(朴正煕)大統領暗殺事件を描いた「KCIA 南山の部長たち」も出色の作品となっている。原作はキム・チュンシクによるノンフィクション「実録KCIA『南山と呼ばれた男たち』」。監督は「インサイダーズ 内部者たち」のウ・ミンホ。

暗殺までの40日間に焦点を絞った物語だ。1979年10月26日、大韓民国大統領直属の諜報機関である中央情報部(KCIA)部長キム・ギュピョンが大統領を射殺した。大統領に次ぐ権力を持つといわれたKCIAのトップが、いったいなぜそんなことをしたのか。その謎を解き明かしていく。

映画はKCIAの元部長パク・ヨンガク(クァク・ドウォン)が、亡命先のアメリカ下院議会聴聞会でパク大統領(イ・ソンミン)の腐敗ぶりを告発するところから始まる。事態の収拾を命じられた現在のKCIA部長キム・ギュピヨン(イ・ビョンホン)は、渡米してヨンガクに接触する。執筆中の回顧録の原稿を回収することに成功したキムだが、ヨンガクから大統領の腐敗ぶりを吹き込まれて動揺する。さらに帰国後は大統領警護室長クァク・サンチョン(イ・ヒジュン)との権力争いが待っていた。その争いでキムは劣勢に立たされる。

異様な緊張感に満ちた映画である。重く張り詰めたような空気がスクリーンを支配する。その中で、主人公のキム部長、パク大統領、ヨンガク、そしてクァク室長が権力争いを繰り広げる。

焦点はなぜキム部長が犯行に及んだのかだ。パク大統領はクーデターによって政権を握った。キム部長はその腹心として革命の志に準じ、長らく忠誠心を誓ってきた。だが、政権が長期化するにつれて、大統領は独裁者と批判されるほど絶大な権勢を振るうようになる。

キムはそれを良しとしなかった。劇中でパク大統領は何度も強権ぶりを発揮する。それを後押しするのがクァク室長だ。治安を維持するためなら、国民に銃を向けることも厭わない。キムはそれが許せなかった。だから、両者は激しく対立する。

キム部長の姿勢は観客の共感を呼ぶだろう。とはいえ、キムを独裁者の横暴を阻止する英雄としては描かない。すでにアメリカはパク大統領を見限っていた。その後釜は誰なのか。キム部長にもその目は十分にあった。だとすれば、キム部長の行動は自らが権力を握るためのものとも考えられる。

実際、キム部長はある暗殺事件の計画を知りながら、それを阻止することをせずに元盟友を見殺しにする。英雄ならそんな行動を取るはずがない。その暗殺事件の経緯と、劇場でパク大統領を挟んで座るキム部長とクァク室長の姿をリンクさせた場面がスリリングだ。

本作にはスパイ映画的な側面もある。海外ロケをしたアメリカとフランスを舞台に、国家の裏切り者のヨンガク、女性ロビイスト、KCIAの要員が暗躍する。その様子はまるで先頃亡くなったジョン・ル・カレの小説の映画化作品のようである。

終盤、キム部長はパク大統領に叱責され、遠ざけられる。逆にクァク室長の力が強まる。その現状に耐えられなくなったキム部長は、ついに暗殺事件を起こす。

本作には血生臭い場面はほとんどない。だが、クライマックスの暗殺シーンは別だ。そこでは壮絶な場面が展開される。キム部長の拳銃の弾が切れて焦ったり、血のりに足を滑らせて転んだりといったディテールにもこだわる。

ラストには本物のキム部長の声が流れる。裁判での最終陳述の模様だ。彼は自らが革命家であることを主張する。

キム部長は理想に燃えた革命家なのか。それとも権力欲にとりつかれた男なのか。その判断は観客一人ひとりに委ねてドラマは終わる。

主演のイ・ビョンホンはほとんど無表情ながら、わずかな表情の変化がその心情を雄弁に物語る演技だった。それに負けず劣らず存在感を発揮しているのが、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン、イ・ソンミン。その面構えが素晴らしい。彼らのバトルは迫力満点だった。

重厚なサスペンスである。そして終幕後には苦い余韻が残る。この事件がいかに複雑で謎めいているかを物語っている。

ちなみに暗殺事件後、またしてもクーデターが起きてチョン・ドゥファン(全斗煥)が政権を握る。韓国の民主化はまだ先のことである。

というような韓国の歴史を知らなくても、引き込まれること間違いなし。さすが韓国の実録現代史ドラマにハズレはない。

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◆「KCIA 南山の部長たち」(THE MAN STANDING NEXT)
(2020年 韓国)(上映時間1時間54分)
監督:ウ・ミンホ
出演:イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン、キム・ソジン
*シネマート新宿ほかにて公開中
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