「天国にちがいない」
2021年2月5日(金)新宿武蔵野館にて。午後1時25分より鑑賞(スクリーン2/A-5)
~シニカルでシュールな笑いに込めた今の世界
エリア・スレイマン監督はイスラエルに住むパレスチナ人の監督。カンヌ映画祭審査員賞を受賞した「D.I.」などで知られている。そのスレイマン監督の10年ぶりの新作が「天国にちがいない」である。
自身が扮するスレイマン監督が主人公だ。イスラエルのナザレで、庭を見下ろすと、レモンの木から果実をもぎ取っている男がいる。その男はこう言う。「隣人よ、泥棒とは思うな。ドアはノックした。誰も出てこなかったのだ」。
はたして、これは何を意味しているのか。パレスチナの土地に入って、我が物顔で振る舞う隣国を体現しているのだろうか。スレイマン監督が「本作は世界をパレスチナの縮図として提示しようとした」と言っているだけに、そう考えてしまうのも仕方のないところだろう。
とはいえ、小難しい映画ではない。ついつい笑ってしまうエピソードが次々に出てくる。まるでコント集である。
あるレストランでは、柄の悪そうな兄弟が「妹が、料理の酸味が強すぎると言っている」と店主に文句をつける。店主が「ワインソースのせいでしょう。ワインに浸した鶏肉を出しただけです」と言うと、「お前は妹に酒を飲ませたのか」とすごむ。一触即発の状況。だが、店主の冷静な対応でその場は収まる。
こんなエピソードもある。猟師のおじいさんが話しかけてくる。先日狩りをしていた時に、ワシに狙われたヘビの命を助けたところ、そのヘビがパンクした車のタイヤに空気を入れてくれたというのだ。ヘビの恩返しである。
その他にも、いろいろなエピソードが出てくるが、それを目にするスレイマン監督は終始無言。わずかに表情を変化させるのみだ。それが実に良い味になっている。チャップリンを思わせるその姿が、おかしくて切ない。
続いてスレイマン監督はパリへと向かう。それとともにシニカルでシュールなユーモアが加速していく。
カフェのオープンテラス席に座って、道行くパリジャンたちを眺めるスレイマン監督。そのオシャレっぷりに圧倒される。
その後は、セグウェイやローラースケートに乗った警官が泥棒を追いかけたり、教会の前で施しを受けるために貧しい人々が行列を作っていたり、路上で寝ているホームレスの男に救急隊員が話しかけたりする。
そうかと思えば、トランクケースを持った日本人カップルが「ブリジットさんですか?」と話しかけてくる。どうやら彼らはブリジットという人を探しているらしい。さらに地下鉄では威圧的な男ににらまれたりもする。
異様な場面も登場する。平穏な街中をいきなり戦車が何台も走ってくるのだ。
なぜスレイマン監督はパリに向かったのか。それは映画の売り込みのためだ。だが、映画会社を訪ねた彼にプロデューサーは言う。「パレスチナ色が弱い」。結局、その映画は却下されてしまう。
スレイマン監督は今度はニューヨークに向かう。タクシーに乗ると運転手から「どこの国から?」と聞かれる。スレイマン監督は「ナザレ」と答える。「ナザレ?そりゃ国か?」と口走る運転手に対して、「パレスチナ人だ」と答えると、運転手は「パレスチナ人に初めて会った」と大いに喜び運賃をタダにする。ちなみに、スレイマン監督が口をきくのはこの時だけである。
そんなニューヨークの人々は、なぜか全員が武装している。機関銃やライフルで身を固めているのだ。
公園では池のほとりで天使の羽根を付けた少女に出会う。そこにパトカーがやってきて、警官たちが彼女を追いかける。まもなく取り押さえると、大きな白い羽根だけを残して少女の姿は消える。
このあたりは、どこにいても不穏な出来事と無縁ではいられない今の世界情勢を反映させているのだろうか。パリの地下鉄で威圧的な男ににらまれたり、街中を戦車が何台も走ってくるのも、そうした状況の表れかもしれない。
さらに、映画学校の講義に招かれたスレイマン監督は、聞き手の教師から「あなたは真の流浪人ですか?」と問われる。アラブ人のフォーラムでは登壇者の一人として出席し、熱狂的に迎えられる。
そしてスレイマン監督は、映画の売り込みに行く。友人でもある俳優のガエル・ガルシア・ベルナル(もちろん本人)と一緒にプロデューサーを待っているのだ。するとプロデューサーの女性が来る。ベルナルは彼女にスレイマンを紹介する。「パレスチナ出身でコメディを撮っている。次の作品のテーマは“中東の平和”」。それを聞いたプロデューサーは「もう笑えちゃう」と言い残して去っていく。
失意のスレイマン監督はナザレに帰る。そこにはいつもと同じ日常があった。庭には序盤に登場した男がいる。彼はレモンの木に水をやっている。これは最初は敵対していた相手も、いつか変わるという暗示なのだろうか。もしかしたら、微かな希望の光を灯したシーンなのかもしれない。
解釈次第で、どうとでも取れそうなエピソードのオンパレードだ。観客が頭を使って考えるしかない。ただし、そこには今の世界の姿や、パレスチナの置かれた状況のメタファーがあるに違いない。そういう点で、きわめて政治的なメッセージ色の強い映画ともいえる。
でも、まあ素直に「次はどんなエピソードが飛び出すのか?」という興味で、最後まで飽きずに観ることができた。シニカルでシュールな笑いを堪能するだけで、十分に面白かったのだ。何とも不思議な興趣に満ちた映画である。
◆「天国にちがいない」(IT MUST BE HEAVEN)
(2019年 フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ)(上映時間1時間42分)
監督・脚本:エリア・スレイマン
出演:エリア・スレイマン、ガエル・ガルシア・ベルナル、タリク・コプティ、アリ・スリマン、ヴァンサン・マラヴァル、ナンシー・グラント
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
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