映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「春江水暖~しゅんこうすいだん」

「春江水暖~しゅんこうすいだん」
2021年2月13日(土)Bunkamura ル・シネマにて。午後1時25分より鑑賞(ル・シネマ1/C-5)

山水画のような風景の中で展開する現代中国の家族の肖像

開発が進む中国だが、広大な国土を持つだけに、山水画そのままの風景が今も各地に残る。杭州市富陽もそんな街だ。そして、その街を舞台にした家族の群像劇が「春江水暖~しゅんこうすいだん」である。

新人のグー・シャオガン監督の長編デビュー作で、2019年・第72回カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれた。その破格のスケール感、自由で斬新なアイデアはとても新人監督の作品とは思えない。

杭州市富陽。グー家の家長である年老いた母の誕生日を祝うために、4人の息子や親戚たちが集まる。しかし、その最中に母が脳卒中で倒れてしまう。それをきっかけに母の認知症が進み、介護が必要になってしまう。4人の息子たちはそれぞれに複雑な事情を抱え、母を誰が世話するかで頭を悩ませるのだが……。

富陽は富春江という大河が流れる美しい街。同時に再開発が進み、古い建物が取り壊されている。そんな街を舞台に、親子三代の大家族が織りなすドラマを美しい四季の風景とともに描いている。

特筆すべきは圧倒的な映像美だ。元朝末期にこの地で描かれた山水画「富春山居図」にインスピレーションを得たというだけに、まるで絵画のような美しい映像が次々に飛び出す。しかも、常識破りのカメラの長回しや、壮大なロングショットなど大胆なショットを駆使する。

その中でも、序盤で飛び出す長回しは圧巻だ。グー家の長男の娘グーシーの恋人ジャンが富春江を泳ぎ、岸辺でグーシーと合流して歩いて行く姿を、10分に渡ってカメラを横移動させながら捉える。映画史に残るショットと言ったら言い過ぎだろうか。だが、それほど見事な映像なのである。

そんな映像美とともに映し出される家族の肖像。グー家の長男は中華料理店の店主。だが、経営は決して楽ではない。次男は漁師だが再開発で自宅を取り壊されることが決まっている。そのためしばらくは船上暮らしだ。三男は離婚してダウン症の息子を一人で育てているが、借金まみれでヤバい仕事に手を染めようとしている。四男は解体作業員で気ままな独身暮らし。

この4兄弟を中心に、認知症を患う母、結婚話が持ち上がる子供たちを絡めた3世代の家族ドラマが展開していく。グー監督は繊細に彼らの心の機微をすくい取る。

中心となるのは介護の問題である。母を誰が介護するのか。それには金銭問題が絡んでくる。借金まみれの三男はもちろん、中華料理店を経営する長男も金に苦労している。彼の妻は娘のグーシーをお金持ちと結婚させて、金銭苦から脱しようとするが、グーシーにはジャンという恋人がいる。そのため、母娘の関係は険悪となる。

こうして借金苦、介護、嫁姑の問題、親子の確執など、今の中国の庶民が抱える様々な問題が浮き彫りになる。山水画のような風景は歴史を感じさせるが、展開されるドラマはきわめて現代性を持つドラマなのである。

いわば古典と現代が同居したような映画だが、それを違和感なく併存させているのがこの映画の凄いところだ。美しい山水画のような風景と、激動の中国に生きる現代の家族の肖像が、一続きの絵巻のようにスクリーンに投影される。グー監督自身も言っているように、これは「現代の山水絵巻」なのである。

グー監督は、故郷の富陽が再開発で変わりゆく様を撮ろうと思い立ち、この映画を構想したという。そして2年間に渡って撮影を続け、完成にこぎつけた。その思いが十分に伝わる作品だ。

そこには台湾のホウ・シャオシャン監督やエドワード・ヤン監督、中国のジャ・ジャンクー監督の影響も見て取れる。グー監督はそれらの先輩たちの偉業を受け継ぎつつ、新たな世界を構築している。

出演する俳優は、グーシー役とジャン役などを除いて、いずれもプロの役者ではない。実際に富陽で生活している監督の親戚や知り合いが起用されたという。そこには予算削減の目的もあるだろうが、結果的に市井の人々を起用したことで、リアルでウソのない作りになっている。

ちなみに、ラストシーンのあとには「一の巻 完」という表示がされる。どうやら、グー監督、この映画を3部作にするつもりらしい。うーむ、はたしてこれを超える作品が撮れるのか。期待半分、心配半分で次作を待つとしよう。

 

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◆「春江水暖~しゅんこうすいだん」(春江水暖/DWELLING IN THE FUCHUN MOUNTAINS)
(2019年 中国)(上映時間2時間30分)
監督・脚本:グー・シャオガン
主演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン、スン・ジャンジエン、スン・ジャンウェイ、ジャン・レンリアン、ジャン・グオイン、ドゥー・ホンジュン、ポン・ルーチーグーシー、ジュアン・イー、ドン・ジェンヤン、スン・ズーカン、ジャン・ルル、ムー・ウェイ
Bunkamura ル・シネマほかにて公開中
ホームページ http://www.moviola.jp/shunkosuidan/