映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「藁にもすがる獣たち」

「藁にもすがる獣たち」
2021年2月23日(火・祝)グランドシネマサンシャインにて。午前11時25分より鑑賞(スクリーン10/F-9)

~大金を前に欲望を全開にする人々の深い業

お金は怖い。お金は人生を狂わす。お金は破滅への前奏曲だ。

というようなことを思い知らされたのが韓国映画「藁にもすがる獣たち」。なんと原作は日本の曽根圭介の小説だ。お金を巡るクライムサスペンスである。

冒頭にアップで映るのは大きなバッグ。実はその中には大金が入っている。サウナのロッカーにしまわれるバッグ。はたして、誰が何のためにロッカーに入れたのか。

そのサウナに勤務するのが、事業に失敗し、認知症の母を抱えた中年男ジュンマン(ペ・ソンウ)である。彼はロッカーで大金入りのバッグを発見する。

一方、失踪した恋人が残した多額の借金で、闇金の取り立てに追われる出入国管理官テヨン(チョン・ウソン)は、何とか金を工面しようと奔走する。

また、自らの借金と夫のDVに苦しむ主婦のミラン(シン・ヒョンビン)は、不法滞在者の青年と知り合い、夫の殺害を計画する。

これらのエピソードは一見無関係のように展開される。詳しいストーリーは書かないが、予測不能でスリリング。何が起きるか一寸先は闇だ。

登場人物はみんな金に困っている。何とかしようと欲望をむき出しにして、もがけばもがくほど裏目に出る。殺した相手が別人だったり、カモにしようと思った相手が現れなかったり。そこから乾いたユーモアも醸し出される。

二転三転する展開の中で、途中からは、謎の刑事がなれなれしくテヨンに接近してくる。ジュンマンはサウナを首になる。ミランは抜き差しならない事態に直面する。

そこで登場するのがラスボスともいうべき人物。テヨンの失踪した恋人ヨンヒ(チョン・ドヨン)である。彼女はこの物語の登場人物の中でも、群を抜いた残虐さを示す。猟奇性も発揮しつつ、不敵に自分の欲望のままに行動する。そのためまるでスプラッター映画のように血生臭い場面も飛び出すが、描写は抑えめなのでご安心を。

それにしても、愚かだ。醜い。人間は大金を前にすると、これほど弱いものなのだろうか。まさにタイトル通りに、窮地に追い込まれ、藁にもすがりたい状態で見せる彼らの姿は、憐れなのを通り越して滑稽ですらある。

そして終盤に進むにつれて、無関係に見えていたエピソードが時間軸をずらしつつ、一つにまとまっていく。おお!そうか。なーるほど、そうなっていたのね。序盤の伏線もきちんと回収される。脚本も兼ねるキム・ヨンフン監督、なかなかやりますなぁ。

ヨンヒは言う。「大金を手にしようと思ったら誰も信じちゃダメよ」。だが、そういう彼女もまた運命の嵐に巻き込まれていく。悲惨な出来事が連鎖的に起こる。因果応報。欲にからめとられた人々が破滅への道を転がり落ちる。

ラストも秀逸だ。例のバッグが渡った先は、今まで少しも欲望を見せることなく、苦難を耐え忍んできた人物である。だが、その人物とて、ひとたび大金入りのバッグを手にしたら……。エンディングの先にあるドラマも、色々と想像させられる。

役者陣の怪演がスゴイ。チョン・ドヨンは、妖艶で猟奇的で凶暴な悪女に扮している。そのクセモノぶりは存在感バツグン。さすが「シークレット・サンシャイン」でカンヌの主演女優賞を受賞しただけのことはある。いやぁ~、怖ろしい女です。

私の頭の中の消しゴム」「アシュラ」のチョン・ウソンも過去作にないタイプの役を演じている。チョン・ドヨンとの迫力満点のやりとりは、この映画の見どころのひとつだろう。

ジュンマン役のペ・ソンウ、ミラン役のシン・ヒョンビン闇金のボス役のチョン・マンシク、認知症のジュンマンの母を演じたユン・ヨジョンら、すべてのキャストがハマリ役だ。

大金を巡って繰り広げられる獣たちのバトルは文句なしに面白い。そして、そこから人間の業の深さも見えてくる。ポン・ジュノ作品のような社会性こそあまりないが、それとは違った魅力がある作品だ。韓国の興行収入ランキングで初登場1位を記録したのも納得。一級品のエンタメ映画である。

それにしてもお金は怖いなぁ。特に大金はなぁ。気をつけよう。たぶん一生縁がないけど。

 

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◆「藁にもすがる獣たち」(BEASTS CLAWING AT STRAWS)
(2020年 韓国)(上映時間1時間49分)
監督・脚本:キム・ヨンフン
出演:チョン・ドヨンチョン・ウソン、ペ・ソンウ、チョン・マンシク、チン・ギョン、シン・ヒョンビン、チョン・ガラム、ユン・ヨジョン
*シネマート新宿、グランドシネマサンシャインほかにて公開中
ホームページ http://klockworx-asia.com/warasuga/