映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「あのこは貴族」

「あのこは貴族」
2021年2月27日(土)シネ・リーブル池袋にて。午後12時30分より鑑賞(シアター2/G-3)

~東京の異なる階層で生きる女たちの解放への道

映画「あのこは貴族」は、車の窓越しの東京の夜景からスタートする。それはひたすら華やかで光に満ちている。だが、この街にも影はある。東京にはいくつもの階層があり、それぞれの階層の人々の暮らしはまったく違うのだ。

そんな東京の違う階層で生きる2人の女性の物語である。原作は山内マリコの小説。監督・脚本は、2014年に「グッド・ストライプス」で商業映画デビューした岨手由貴子。

タクシーでホテルに向かうのは榛原華子(門脇麦)。家族との食事会に出かけるところだ。だが、遅れて参加した彼女を見て家族たちは驚く。連れてくるといったはずの婚約者がいないのだ。なんと今日別れたというのである。華子は振られたのだ。

榛原家は東京の松濤に家がある。父は医者だ。いわゆる上流家庭である。当然、華子は箱入り娘ということになる。その箱入り娘が男に振られたとあって、家族はすぐに見合いの話をする。離婚した姉(「ミセス・ノイズィ」の篠原ゆき子がいい味を出している)は、「急にそんな話をするなんて」と言うのだが、「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子は承諾する。

その後、見合いをするものの相手がろくでもない男(というより気色悪い?)で失敗に終わる。他にもあらゆる手段で男性を紹介してもらうが、関西弁でツッコミまくる男など、変な人ばかりでうまくいかない。

そんな中、義兄の紹介で、弁護士の青木幸一郎(高良健吾)と出会った華子は、とびっきりハンサムで優しいとあって「運命の相手だ!」と確信する。

幸一郎は、代々、政治家を輩出してきた名門の子息で、将来は幸一郎も代議士になることを義務付けられていた。榛原家よりはるかに上を行く超上流家庭である。半年間の交際を経て幸一郎は華子に結婚を申し込み、2人の結婚が決まる。

と、ここまでが華子の章。続いて時岡美紀(水原希子)の章が始まる。

正月休みに故郷の富山に帰省する美紀。相変わらず死んだような街の光景。そして、そこで滓のように生きる父、母、弟。

美紀は過去を回想する。名門大学に入学して上級したものの、そこには付属高校から上がってきたグループがあり、美紀たちとは全く違う種類の学生だった。その後、父の失業によって学費に窮して、美紀はついに大学を中退する。そして、キャバクラで働いているうちに、コネをつかんで大手企業に入社したのだ。

同時に美紀は故郷での同窓会で、大学時代の友人だった平田里英(山下リオ)と再会する。

東京の上流家庭の華子と、地方出身者で苦労が絶えない美紀。一見交わるはずのない2人が、ある人物によって結び付けられる。幸一郎である。

実は、美紀と幸一郎は大学時代の同級生で、その後、再会して腐れ縁の関係になっていたのだ。そのことを知った華子の友人のバイオリニストの相良逸子(石橋静河)は、2人を合わせることにする。

さあ、1人の男を巡って2人の女が対決する大立ち回りの始まりだ!

と思いきや、そうはならないのである。2人は最初こそギクシャクするものの、お互いを
認め合う。恋のさや当てをするのが女、などというバカバカしい先入観や固定観念は吹っ飛ばされる。生まれも育ちも生き方も正反対の2人の関係に、対立や分断ではなく共生を持ち込むのだ。何とラディカルな!

その後、幸一郎は多忙になり、華子は孤独を感じるようになる。一方、美紀は里英からある誘いを受ける……。

すでに述べたように、東京の街には厳然たる階層が存在している。その頂点に立つのが幸一郎の家であり、それには及ばないものの、華子の家も上流に位置する。そして、美紀のような多くの「地方出身者の養分」を吸い取って東京は成立している。

だが、そんな階層に関係なく、華子には華子の、美紀には美紀の生きづらさがある。悩みや葛藤を抱え込んでいる。2人は、そこから自らを解放するために行動するのだ。しなやかに、したたかに、そして愚直に。

岨手由貴子監督は、東京の異なる階層で息苦しさを感じる2人の女性が、偶然の出会いをきっかけに、自分の人生を切り開いていくさまを生き生きと描き出している。

ラストシーンの華子と幸一郎の表情が印象深い。自由を手に入れた華子を見つめる幸一郎。彼もまた考えようによっては、決まったレールの上を歩かざるを得ない息苦しさを抱え込んでいるのかもしれない。

東京で生まれ育った箱入り娘・華子を演じた門脇麦、地方出身で都会の荒波を身一つで泳いできた美紀を演じた水原希子の演技が素晴らしい。2人が直接絡む場面は少ないのだが、さりげない連帯感のようなものを漂わせる演技が絶品だった。特に苦悩する華子が美紀の家に行くシーンは、2人の心の通い合いがリアルに伝わってきて心が温かくなった。

さらに、2人の友人役の石橋静河山下リオ、幸一郎役の高良健吾も存在感のある演技を見せている。

直接的には、女性の生き方を描いた女性映画という捉え方をされるかもしれない。だが、生きづらさを抱えるのは女性ばかりではない。どんな環境においても、男女に関係なく生きづらさや息苦しさを抱えた人はいる。そういう点で男性にも響く映画だと思う。

自らを解放した女性たちの姿が、実に清々しい。その決断は、観客の背中も押してくれるに違いない。

 

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◆「あのこは貴族」
(2020年 日本)(上映時間2時間4分)
監督・脚本:岨手由貴子
出演:門脇麦水原希子高良健吾石橋静河山下リオ佐戸井けん太篠原ゆき子石橋けい山中崇高橋ひとみ津嘉山正種銀粉蝶
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかに公開中
ホームページ https://anokohakizoku-movie.com/