映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夏時間」

「夏時間」
2021年2月28日(日)ユーロスペースにて。午後12時45分より鑑賞(スクリーン2/B-10)

~10代の少女の胸に抱え込んだ複雑な思いを繊細に

10代の少女の心を繊細に捉えた韓国映画といえば、キム・ボラ監督の「はちどり」が思い浮かぶが、それとはまた違った趣の一作がユン・ダンビ監督による長編デビュー作「夏時間」である。10代の少女のひと夏の経験を描き、第24回釜山国際映画祭で4部門を受賞した。

夏休み。10代の少女オクジュ(チェ・ジョンウン)は、父(ヤン・フンジュ)が事業に失敗し、母と離婚したため、弟ドンジュ(パク・スンジュン)とともに祖父の大きな家に引っ越してきた。ドンジュがすぐに新しい環境に馴染むのとは対照的に、オクジュはなかなか慣れることができなかった。そこに離婚寸前の叔母まで住みつき、一つ屋根の下に三世代が集まるのだが……。

「はちどり」が当時の韓国社会を反映させた物語だったのに対して、こちらはよりパーソナルな物語を紡ぎだしている。10代のオクジュの視点から、祖父の家で過ごすひと夏の日々を描いている。

終盤まで、取り立てて大きなことは起きない。父親がろくでもない奴で、叔母さんが輪をかけたろくでなしで、祖父までがひどい人間だったりしたら、これはもう悲劇のヒロインになるわけだが、そうはならない。

父はとても優しく家族思いで、金を貯めて何とか再起しようとしている。子どもがいない叔母さんも、2人を我が子のように可愛がる。そして、年を取ってだいぶ弱ってきてはいるものの、祖父も2人に優しく接する。

これで何が不満なんだ?と思うかもしれないが、オクジュには言葉にできない様々な思いがある。弟のドンジュはすぐにこの家に慣れるが、オクジュは居心地の悪さが拭えずにいる。

一見、何気ない日常が過ぎていく。祖父の誕生パーティーを開いたり、叔母に恋の相談をしたり、一緒に料理をしたり。弟とケンカもするが、すぐに仲直りする。父、叔母、弟、祖父との温かな交流が続く。

祖父の家は、庭のある大きな家だ。その庭ではいろいろな野菜や果物が栽培されている。広い居間、ステレオセット、蚊帳、窓際に置かれたミシン、真っ赤なスイカ……。ノスタルジックなアイテムが郷愁を誘う。オクジュは祖父がステレオセットから流れる音楽に、涙する場面を目撃する。

だが、それでも居心地の悪さは消えない。穏やかな日々の合間に、オクジュがチラリチラリと見せる屈折した感情を、ユン監督は繊細に切り取っていく。

彼女の居心地の悪さの原因の一つは、母に対するわだかまりのようだ。本作では、父と母が別れた経緯を明確に説明しないが、彼女は母に捨てられたと思っているらしい。そのため、弟が母に会いに行くというと「やめろ」と強く言い、実際に会ってお土産をもらってくると、烈火のごとく怒って弟を泣かせてしまう(ちなみに、そこでの祖父のさりげない気遣いがたまらない)。

そんな中で、オクジュは自分と家族の在り方を考えざるを得なくなる。

いかにも思春期らしいオクジュのエピソードも登場する。瞼を二重にしたいから手術代を貸せと父に頼むのだ。父は一重でも十分にきれいだと断るが、やがてこれが騒動のもととなる。

オクジュは父が行商をしている靴を拝借して、勝手に転売しようとして警察沙汰になる。そこからその靴が偽のブランド品であることを知る。彼女はその靴を好きな男の子に上げていたのだ。

そんな波乱も含みつつ、ようやくオクジュがこの家に親しみを覚えるようになった頃、祖父が病気になってしまう。家で祖父の面倒を見るのか、老人ホームに入れるのか、家族は難しい選択を迫られる。

終盤には衝撃的な出来事が待っている。そして、ラストシーンでオクジュは号泣する。この号泣は鳥肌ものだ。彼女のすべての思いがそこに込められている。心にたまっていたものをすべて吐き出すような号泣である。

チェ・ジョンウン、パク・スンジュンという子役二人の自然な演技が素晴らしい。芝居をしていることを忘れさせる演技だった。特にチェ・ジョンウンのふくれっ面がいい。時には笑顔を見せるのだが、けっして破顔一笑とはならない複雑な胸の内を巧みに表現していた。

本作は監督自身の実体験を描いたものではなく、自身が抱いた思いをベースにしつつも、物語の設定などはすべてフィクションのようだ。最初に書いたシナリオは「パラサイト 半地下の家族」のようなブラックコメディー風だったが、スタッフの意見を聴き書き直したという。そういう点でも、幅の広さを持つ才能あふれる監督なのだと思う。

楽しかったけれど、同時に悲しくてつらかったひと夏の体験は、オクジュを確実に成長させてくれるに違いない。彼女にとって生涯忘れられない「夏時間」になったことだろう。

 

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◆「夏時間」(MOVING ON)
(2019年 韓国)(上映時間1時間45分)
監督・脚本:ユン・ダンビ
出演:チェ・ジョンウン、ヤン・フンジュ、パク・スンジュン、パク・ヒョニョン、キム・サンドン
ユーロスペースほかにて公開中
ホームぺージ http://www.pan-dora.co.jp/natsujikan/